『継ぐモノ』サミット〜第三者承継でつなぐツギノ九州〜
中小M&Aの事例紹介やトークセッションで理解深める
基調講演では明治大学商学部の山本昌弘教授が「中小M&Aの推進に向けた国の事業承継支援策について」と題して話しました。山本教授はM&Aが「17年に出た『事業承継5ヶ年計画』あたりから重点的に中期支援をしようという流れになりました」と指摘。中小企業成長促進法、経営者保証改革プログラム、事業承継税制、産業競争力強化法、M&Aガイドラインなどの支援策について解説し「これからはM&Aの後にくるPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)に政府の支援を入れようとなってきています」と説明しました。
基調講演で事業承継支援施策について話される山本教授
続く事例発表では、株式会社吉開のかまぼこ代表取締役社長の林田茉優氏、株式会社ヤマナミ麺芸社代表取締役の吉岩拓弥氏、筑邦銀行営業本部ソリューション・DXG部長の林昭信氏がそれぞれ登壇しました。
手遅れになる前にと奔走―吉開のかまぼこ
林田氏は福岡県みやま市にある創業130年以上の老舗「吉開のかまぼこ」の4代目社長。大学生時代に授業で後継者不在問題に関心を持ち「後継者不在で廃業して悔しい思いをする事業者を無くしたい。手遅れになる前に自分でも何か支援できれば」と考えていた時、18年に後継者不在で休業したかまぼこ店を知りました。林田氏は別の企業に勤めながら、休日などにかまぼこ店の引き継ぎ企業探し、再開に向けた地元理解に奔走した結果、福岡市のシステム開発企業が株式譲渡を引き受けてくれました。その代表から「思いの強い人が真ん中に立ってほしい」と説得され、吉開のかまぼこの社長に就任しました。
林田氏は「今回のM&Aは吉開のかまぼこの再スタートに過ぎません。これからは会社を成長させていく姿で、全国の後継者がいない企業や企業を引き継ぐ方々のモデルになれるよう、歩んでいきたいです」と抱負を述べました。
事業を引き継いだ熱い想いを語る林田社長
事業の垣根を超えた関係を―ヤマナミ麺芸社
食品メーカーの株式会社ヤマナミ麺芸社社長の吉岩拓弥氏は25歳の時に父親が他界したのを契機に3軒のラーメン店を事業承継しました。承継時に自家製麺に切り替えていたことで、他のラーメン店から「うちにも卸してほしい」と頼まれて製麺業に乗り出し、同じ経緯でギョウザ製造卸しも始めたと言います。「音楽のジャンルの垣根がなくなり、部屋や車のシェアが広がっているように、事業の垣根もなくなっていくと思います」と吉岩氏。
これまでにM&Aを2件、事業譲渡5件を手がけました。具体的にはM&Aが農産物加工業者、辛子高菜の製造販売業者、事業譲渡が製麺業者2社、ラーメン店、豚まん店などです。吉岩さんは「オーナーになったからいきなりオーナーの言うことに従えというのは間違いです。毎週のように食事会や飲み会をしながらゆっくりと関係をつくりました。今後は九州の食文化に貢献できる食品メーカーになりたいです」と語りました。
九州の食文化への貢献を語る吉岩社長
株式永久保有で承継を後押し―筑邦銀行
筑邦銀行の林氏は株式会社事業承継機構と業務提携した新たな事業承継の仕組みを紹介しました。同機構とC-BES(ちくぎんビジネスエターナルサクセッション)社を設立し、同社が後継者難の企業の株式を永久保有するとともに、管理・事務・ファイナンスなども支援していく仕組みです。林氏は「地域に企業を残す、雇用を維持するのが私たちの目的です」と強調しました。
具体例として、久留米・鳥栖広域情報株式会社を20年に事業承継したケースを紹介しました。銀行が出資した企業の承継なので株主の福岡県や久留米市にも認められ、後継社長も地元ゆかりの人物を招くなどし、先代社長の希望だった従業員の雇用も守れたそうです。林氏は「金融機関が株式の永久保有型事業承継を行うのは全国的にも珍しい。もちろんこれだけではなく事業承継問題の全般を取り扱っていますので気軽にご相談ください」と締めくくりました。
新たな事業承継支援の仕組みを語る林部長
譲渡交渉はお互いに尊重し合って
「新たなステージに立つ事業承継〜第三者承継を通じた事業の継承とその先の成長・発展〜」と題したトークセッションでは、山本教授をモデレーターに、それぞれの立場で事業承継支援を行っている井上和則氏(日本政策金融公庫本部事業承継支援室室長)、齋藤隆太氏(株式会社ライトライト代表取締役)、岡村巌氏(宮崎県事業承継・引継支援センター統括責任者)がパネリストとして登壇しました。
それぞれの立場で事業承継支援の在り方を議論
M&Aの留意事項として3氏とも「売り手、買い手それぞれがお互いを尊重し、誠実に交渉することが大事」と強調しました。そのうえで井上氏は「売り手は早め早めに準備すること、財務状況は可能な限り磨き上げておくこと、事前に情報が漏れないように情報管理を徹底すること」を挙げました。岡村氏は「契約までいくには専門的なサポートは不可欠。経営がまだ順調なうちに承継のアクションを始めましょう」と述べました。
一方、実名を公表して後継者を探すオープンネーム方式でM&A支援を行なっている齋藤氏は「財務的な面ではない価値がどこにあるかを、買い手に判断してもらうことができます」とオープンネーム方式の利点を強調しました。
また課題として、井上氏は「小規模事業者にとって第三者承継がまだ身近ではないのが課題です。そのため成功事例をマスコミで取り上げてもらって、情報発信しています」と述べ、齋藤氏は書店の卸売り機能だけを承継しているカフェの例を挙げ「いい点を引き継いで新しいアイデアで転換するのがこれからの事業承継で必要な視点ではないでしょうか」と指摘、岡村氏は「事業承継のニーズを掘り起こすのが課題。行政を巻き込むのが幅広い掘り起こしのポイントだと思います」と発言しました。
3氏に共通するのは、事業承継問題は一つの支援機関で完結するのではなく行政、金融、士業、さらに地域の人々といった多くの社会資源をつなげながら解決すべきであるとの視点でした。
サミット終了後、福岡県事業承継・引継ぎ支援センターの協力で、事前申込者を対象とした事業承継の相談会を実施しました。