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オープンネーム方式が生んだ事業の存続と地域活性化
熊本県南部の芦北町にある、海が見える商業施設「ベイサイド芦北」。その一角にある民宿「夕凪館」はオーナーが事業者名を公開して後継者を募ったところ、複数の事業者から手が挙がり、地元企業が選ばれました。決め手となったのは地元志向と地域活性化。元オーナーの山口賢司氏と承継した前田一暢氏、承継をサポートした熊本県商工会連合会の志村俊和氏、熊本県事業承継・引継ぎ支援センターの木下徹也氏に話を聞きました。
(左から)熊本県事業承継・引継ぎ支援センターの木下徹也サブマネージャー、N THREEの前田一暢取締役、アースフレディの山口賢司代表取締役と妻の智恵子さん、熊本県商工会連合会の志村俊和特任経営指導員
Stay inn N(旧夕凪館) 熊本県葦北郡芦北町芦北2053
―山口さんが「夕凪館」をオープンされた経緯を教えてください。
山口氏:夕凪館が入っているベイサイド芦北は、私を含めた地元の有志たちで1997年につくった商業施設です。私はもともと益城町でリサイクル業を営んでいて、ここでは雑貨店を始めました。2008年には改装して夕凪館をオープンし、さらに増築して全7部屋で営業してきました。飲食店は周辺にあるので、素泊まりのみの宿になっています。
―なぜ事業承継をしようと思われたのでしょうか。
山口氏:年齢や体力面を考えて、本業のリサイクル業に絞りたいと思うようになりました。ただ、夕凪館は経営がそれなりにうまくいっていて、つぶしてしまうのはもったいない。息子は会社員なので、誰かに譲れればと3年前から声をかけていましたが、なかなか見つかりませんでした。
―熊本県の益城町商工会に相談されたそうですね。
山口氏:益城町商工会の会員だったので電話してみると、いろいろな支援があると教えてくれました。そして22年3月、熊本県商工会連合会の会報に後継者を探しているという記事を掲載しました。夕凪館の名前と写真を公開するオープンネーム方式で、私たちの思いがしっかり伝わる内容でした。
―どんな会社に譲りたいと考えていましたか。
山口氏:芦北はいいところで、できれば地元の人に継いでほしいけど、そううまくはいかないだろうと思っていました。だから全国どこからでも、2、3年のうちに見つかればいいなという気持ちでした。しかし、すぐに10件ほど連絡があって驚きました。その中で、22年9月に前田さんの会社に承継しました。
宿から望む穏やかな海原
宿泊施設の存続を地元の若手が救う
―前田さんの会社「N THREE」について教えてください。
前田氏:21年に私と兄2人の3人兄弟で設立した会社です。私たちは芦北町で生まれて、3人で故郷を盛り上げたいという思いでN THREEを立ち上げ、第1弾の事業がこの民宿経営になります。3人とも別々の仕事をしていて、例えば私は建設業と小売業でインフラ関係の仕事、長男は保育園の運営をしています。
―夕凪館のことをご存じでしたか。
前田氏:ベイサイド芦北ができたのは私が小学生のとき。しばらく町から離れていて、10年前に帰ってくると夕凪館ができていて、いいロケーションで宿をされているという印象を持っていました。
―山口さんが前田さんに承継しようと思った決め手は何でしたか。
山口氏:最終的に3社と面接をしました。前田さんは芦北で生まれ育ち、若くて、町のことを熟知された上で今後のことまでよく考えられていたので、この会社ならいいなと思いました。
―前田さんは、承継に当たり不安なことはありましたか。
前田氏:兄弟3人とも宿泊業の経験がなかったので、やはり不安はありました。しかし、芦北町は現在の人口が約1万5000人で、40年には約8000人まで減少すると予想されています。このままではいけないと思い、もともと町外の人に町をPRできる宿泊業には興味があったので、ぜひやってみようと決めました。
―事業承継に当たっては、どんなサポートがありましたか。
前田氏:自分たちでは何も分からない中、センターの方がしっかり予定を組んでくれて、やることを丁寧に教えてくれました。ずっと支えてもらったおかげで、スムーズに進んだと感じています。商工会には「熊本県リボーン企業創出支援事業補助金」について教えてもらい、実際に補助金を利用できたこともありがたかったです。
山口氏:登記関係の手続きに始まり、細かいところまでサポートやアドバイスをしてもらい、うまく進めることができました。
―熊本県商工会連合会が行うマッチング事業の詳細とオープンネーム方式の手応えをお教えください。
志村氏:商工会連合会では年6回、「イエス!ホットライン」という会報を作成しており、22年1月から事業者名をオープンにした後継者お探し支援サービスコーナーを設けています。一般的な事業承継は、事業者名を公開しないノンネームでの募集で、事業者の思いが伝わりにくく、ミスマッチが起こることもあります。そういったことを解消するために、事業者さんが顔を出してもいいという案件は、会報で詳しくご紹介しています。県内に約1万8000社の会員がいますので、思いに賛同いただける方に承継していただきたいと考えています。
―熊本県事業承継・引継ぎセンターとしてはどのようなサポートをされたのですか。
木下氏:山口さんが商工会にご相談されて、センターでもお手伝いをするために22年2月にお会いして話を聞きました。会報を読んで手を挙げられた方と山口さんが面談をされるときは、私も同席して、一緒に相手を絞り込みました。前田さんに決まってからは、契約や登記関係など手続き面のサポートや補助金の案内をしました。
熊本県商工会連合会が発行している会報「イエス!ホットライン」
豊かな自然を生かしたレジャー施設
―今は夕凪館を一部改修中とのことで、今後の展望を教えてください。
前田氏:「Stay inn N」と名前を変えて、体験型宿泊施設にリニューアルします。宿泊施設はこのまま営業しつつ、夏までにレジャー体験を案内する窓口や交流スペースをオープンする予定です。ここには海と山と川があり、大きな自然の岩でクライミングも楽しめます。豊かな自然を生かした、さまざまなレジャーを紹介したいと思っています。芦北町の魅力を外の人に知ってもらい、交流人口を増やして、地域を盛り上げていきたいです。
―山口さんはこれから夕凪館がどうなるといいと思われますか。
山口氏:前田さんがおっしゃるように、人口が減少していく芦北町を活性化してほしいですね。私たちがベイサイド芦北を始めたときも同じ思いだったので、期待しています。
リラックスできるStay inn Nの室内
継ぐモノへのメッセージ
――最後に、事業承継に興味を持っている人にメッセージをお願いします。
山口氏:思い入れのある事業を承継してもらうことができて、ありがたく思っています。諦めずに探してよかったです。
前田氏:興味のある分野でチャンスがあれば、まずは話を聞いてみることをお勧めします。私は募集を見てすぐ電話したことで、今につながっています。
志村氏:商工会は各地にありますので、一人で悩まずにご相談ください。承継された後も、いろいろな課題を解決するためにサポートいたします。
木下氏:今回は「芦北を盛り上げたい」という双方の思いが合致して、うまく引き継ぐためのサポートができて、やりがいがありました。当センターは公的機関なので公正中立な立場で、無料で相談に応じています。商工会や金融機関、士業の専門家などとも連携を図りながらお手伝いいたします。
(取材・編集:2023年2月6日)