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2023.2.8

ファンがつないだ! 大人気パン店の味と思い

1980年にオープンし、子どもはもちろん女性や飲み会帰りの会社員など幅広い世代に愛されてきたパン店「シェルブール」(大分市)。手作りにこだわり、120種類以上のパンが並んでいます。しかし、創業者が高齢となったため、一時は廃業を検討。創業者の「店を残したい」という思いから大分県事業承継・引継ぎ支援センターに登録したところ、全く異業種の女性への事業承継に成功しました。引き継いだ株式会社フクールの松本麻衣子さんと、承継をサポートした同センターの朝来浩一郎サブマネージャーに話を聞きました。

目次

株式会社フクール 代表取締役
松本 麻衣子 氏

シェルブール・ブレッド 大分県大分市古国府4-1-1

大分県事業承継・引継ぎ支援センター
サブマネージャー
朝来 浩一郎 氏

―松本さんの経歴をお教えください。
松本氏:大分県臼杵市生まれで、東京の短大を卒業後、アパレル会社に入社。26歳で独立して、アパレルブランドと会社を立ち上げ、人気ブランドも生まれました。ただ、父が創業した医療・介護用品会社「有限会社マツモト・メディカル」を継ぐことを視野に入れて35歳で地元にUターンし、その後、マツモト・メディカルの代表取締役に。さらに2021年、シェルブールを引き継ぎました。

―シェルブールはどんなパン店でしょうか。
松本氏:特長は三つあります。まずは、全て手作りしていること。次に120種類以上のラインアップがあること。このエリアは住宅街で病院や会社もあり、お客さまの年齢層がとても幅広いんです。たくさんあるパンの中からワクワクして選んでほしくてバラエティーを豊かにしています。そして、朝7時から営業することにもこだわっています。

幅広い世代に人気の「シェルブール・ブレッド」

実質3カ月で事業承継を実現

―創業者の渡邉哲子さんはどのような経緯でこちらを譲ろうと思われたのですか。
朝来氏:シェルブールは以前市内に数店舗あった、有名なパン店です。そのうちの1店は大分市都町という飲食街の中心にあったので、お酒を飲みに行った人が帰りに寄ることも多く、男性にも人気でした。その後、渡邉さんは90歳を過ぎ廃業に向けて整理を始めていました。しかし、「できれば店を残したい」という意向があり、2020年、事業承継・引継ぎ支援センターに登録されました。

―渡邉さんが登録されたとき、どんな要望がありましたか。
朝来氏:味をそのまま引き継いでほしいというのが一番のご希望でした。飲食の場合、味が落ちて評価が下がることや、それまでのお客さまががっかりされることを気にされるケースが多いですね。ですから、そこをしっかり理解してくれる方に承継したいとおっしゃっていました。

―松本さんはなぜ引き継ごうと思われたのですか。
松本氏:もともとシェルブールの大ファンで、父から受け継いだ会社の顧問税理士から話を頂いたんです。その方はシェルブールの税理士もしていて、両社の状況をよく分かった上で、提案してくれたようです。私の親戚がパン店をしていたのでイメージはできていました。さらに私はアパレル業界でデザインをしていたこともあり、作っていく過程がすごく好きで、パン店を通して時代をつくっていけるかもしれないと思いました。

―引き継ぎは順調に進みましたか。
朝来氏:松本さんは異業種の方なので、うまくいくか心配でしたが、ご本人のパン店をしたいという意欲がとても高く、クリアしなければならない課題もどんどん乗り越えられました。

―どんな課題があったのでしょう。
朝来氏:このお店が賃貸で、地権者が大分県内外に5人ほどいて、とてもややこしい契約になっていました。それでセンターに登録しているアドバイザリーの不動産鑑定士を紹介したところ、その方が2カ月ほど走り回って皆さまと話をまとめてくれました。松本さんがさほど小さいことにこだわらず、アドバイザリーを活用することについても快諾されたので、実質3カ月で一気に承継が完了しました。

やはりスピード感は大切で、あまり長引くと引き継ぐ方の意欲が下がってしまいます。ですから私たちはできるだけ早く、かつ後で問題が出てこないように進めることが重要だと考えています。アドバイザリーを入れると手数料はかかりますが、早く的確に進められる。松本さんはそれを理解されて、ちょうど大分市の「中小企業者事業承継等支援補助金」を活用できたことも良かったです。

―松本さんはセンターを利用されていかがでしたか。
松本氏:私自身は事業承継って何をしたらいいか全く分からなかったので、プロに任せることができて本当に安心で助かりました。

―松本さんは異業種からで、不安なこともあったのでは。
松本氏:30人ほどのベテランのスタッフさんをそのまま受け継いだので、皆さまが構えているかなと思い、まずは全員と面談をして人間関係をしっかり構築することから始めました。パンに関しては素人なのでとにかく現場に入ることが大切だと思い、引き継ぐ前に店の近くへ引っ越して、毎朝6時に店に来ています。製造は43年働いている素晴らしい職人がいるので彼に任せて、私はホールで陳列や販売を担当しています。

引き継ぎ時にスタッフのユニホームも新調した

サポートした朝来氏(左)と引き継いだ松本氏

今までにないパン店を大分に

―シェルブールを引き継いで1年ちょっとたちました。何か変えたことがあれば教えてください。
松本氏:まずは店内をリニューアルしました。ワクワクして「あの店に行きたい」と思ってもらえるような、海外のカウンターバーのようなパン店っぽくない雰囲気に仕上げました。また、内装や使用する商材はなるべく環境に配慮した素材やアンティーク家具などリサイクルのものを使っています。コロナ対策でパンを1個ずつビニール袋に入れていたのも脱プラ対策としてやめました。フードロスをなくすため、失敗したパンをリメークして少し安く提供することもあります。

SNSも積極的に活用するようになりました。リニューアルオープンはインスタグラムでしか宣伝していなかったのに、朝6時半からすごい行列ができて、若いお客さんが増えました。

―父親からマツモト・メディカル、渡邉さんからシェルブールを承継されて、相乗効果のようなものはありますか。今後の展望も聞かせてください。
松本氏:マツモト・メディカルは病院の売店も運営していて、「シェルブールのパンを置けるならうちでも売店をしてほしい」という所がいくつか出てきて、ありがたく思っています。今はシェルブールをリニューアルしたばかりですが、将来的には今までにないようなパン店を大分につくりたいと考えています。

1日250個以上売れるカレーパン(手前)とピロシキ

店内はカウンターバーのようなおしゃれな雰囲気に

継ぐモノへのメッセージ

―最後に、事業承継を検討している方にメッセージをお願いします。
松本氏:事業承継はゼロからの創業と違って、お店はもちろん製造や販売のスタッフを引き継ぐことができます。あとは自分がやりたいイメージに向けて形にしていくことができて、とても面白いと感じています。

朝来氏:小さな会社の場合、事業承継は特別なものでハードルが高いと思われがちですが、どんな会社や事業にも引き継げるものがあると思っています。何らかの可能性を一緒に探しますので、ぜひセンターにご連絡ください。

(取材・編集:2022年12月20日)

代表取締役
松本 麻衣子氏

1973年、大分県臼杵市生まれ。東京の短大を卒業後、アパレル会社勤務を経て、99年アパレルブランドと会社を立ち上げる。地元へ戻り、父親が創業した「有限会社マツモト・メディカル」を2014年に承継し、代表取締役に就任。21年、「株式会社フクール」を立ち上げ、「石窯パンの店シェルブール」を引き継ぐ。現在「シェルブール・ブレッド」として開店中。