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リスペクトし合える関係性でスムーズな承継が実現!
長崎駅から徒歩12分ほどの「ふじわら旅館(現なごみの宿 おりがみ)」は、国内はもちろん欧米やアジアから多くの観光客を受け入れてきました。しかし、オーナーが高齢で後継者不在に頭を抱えていたところ、長崎県事業承継・引継ぎ支援センターの仲介で地元企業への第三者承継が実現。最初の打ち合わせから事業承継までわずか6カ月で完了しました。スムーズな承継の背景には何があったのでしょうか。承継した熊井英哲さんとセンターの濱里幸司さんに話を聞きました。
―濱里さん、まずは引継ぎ前の「ふじわら旅館」の概要について教えてください。
濱里氏:「ふじわら旅館」は1976年に長崎市で開業した旅館です。もともと藤原勇氏の奥様が営んでいて、93年に今の建物を新築されたのですが、奥様がお亡くなりになったため、藤原氏が引き継がれました。和風でアットホームな雰囲気が好評で、国内外のお客様に親しまれてきたと伺っています。
―熊井さんの経歴は。
熊井氏:大学を卒業後に静岡でバーを開業し、4年後に地元の長崎に帰ってきました。長崎では2009年に1軒目のバーをオープンして、15年に法人化。現在は、長崎市の浦上と長崎駅前の大黒町でアイリッシュパブ「The Little Brown Jug」を3店経営しています。19年には「くまい不動産」を開業。さらに21年にふじわら旅館を承継して改装し、22年6月「なごみの宿 おりがみ」をオープンしました。
―なぜ不動産を始められたのでしょうか。
熊井氏:うちのパブの1店はアパホテルの1階に入っています。アパホテルの戦略を見ていると、不動産部門を持ち、いろいろな街の一等地にホテルを建てている。その戦略を参考にしたいと思い、一事業として始めました。
2022年5月にオープンした「なごみの宿 おりがみ」
宿泊業がサービス業の究極の形
―藤原さんはなぜ事業を承継したいと思われたのでしょうか。
濱里氏:80歳を超えてご高齢になり、後継者がいないというのが大きな理由です。宿の立地が良いので不動産としての価値も高いと思うのですが、藤原さんは「旅館として残してほしい」というご希望をお持ちでした。
―熊井さんが宿泊業に参入された理由をお教えください。
熊井氏:もともと宿泊業には興味があったのですが、資本がかかるので、まずはバーを始めました。静岡でバーを経営していたとき、昼は旅館でアルバイトをしていました。サービス業の中でも24時間お客様に関わる宿泊業はサービス業の中でも究極の形だと感じ、宿泊業を始めようと決めました。
―承継センターとして、熊井さんにどんなサポートをされたのでしょうか。
濱里氏:熊井さんからは、もともと長崎市の中心部で宿泊業をやりたいという相談を受けていました。そこで藤原さんとお引き合わせをしました。あとは資金調達のアドバイスとして、当時あった県の補助金「事業継承加速化補助金」をご案内しました。引き継ぐ側に対する補助金で、大きな金額でした。
―藤原さんにはどのようなサポートをされましたか。
濱里氏:長崎商工会議所のご紹介がきっかけで、初回は面談をしました。基本的には課題や引き継ぐ資産の整理、条件決めなどについてアドバイスし、最後に契約書周りの支援をしました。
―熊井さんと藤原さんが最初に会われたときはどんなご様子でしたか。
熊井氏:20年12月頃、この宿で初めてお会いした藤原さんはすごく穏やかで、話しやすい雰囲気でした。
濱里氏:すぐに打ち解けて信頼関係を築かれ、とても相性がいいと感じました。最初はお互いのことを話されて、全部で5回ほど面談を重ね、わずか6カ月で事業承継がスムーズに完了しました。
熊井氏:私は旅館業について何を質問したら良いかすら分からず、最初は素人のようなことを聞いていたと思いますが、それでも藤原さんは真剣に答えてくださって、こちらが分からないであろうことを全てまとめてくださっていました。当時はよく分からなかったことも、今、実際に引き継いで経営していると、「あ、このことだったんだ」と分かるようになってきました。特に取引業者とのお付き合いや電気系の図面などが役に立っています。
引き継いだ熊井氏(左)とサポートした濱里氏
お互いへのリスペクトが承継の鍵
―引き継ぎをされる上で、うまくいった点と難しかった点を教えてください。
熊井氏:今回センターに仲介してもらい、不動産取引のことも全部相談できて、M&A業者のように高い手数料は不要だったので、補助金を宿の改装に回せて、とてもありがたかったです。
一方で、宿泊業の経験がないので、ハード面は結構大変でした。例えばここは井戸水を使っていて大きなボイラーがあります。藤原さんから「ボイラーはあと何年持つけど、できれば早めに対応した方がいい」「あそこは水漏れするので、ここは外壁塗装した方がいい」などと細かくアドバイスしてもらって助かりました。
―濱里さんから見て、なぜ今回はうまく進んだのだと思いますか。
濱里氏:条件面で折り合っても、お互いが信頼関係を構築できないとなかなか難しいです。でも、藤原さんは「この人になら任せてもいい」、熊井さんも「この方がやってきた事業なら、ぜひ引き継ぎたい」と感じたのではないでしょうか。お二人は初期からお互いをリスペクトしていると感じていました。
外国人観光客向けに洋室も用意
長崎に由来した部屋名とした
和洋折衷の宿でリピーターも増加
―「なごみの宿 おりがみ」をオープンして7カ月経ちました。現状と展望を聞かせてください。
熊井氏:長崎駅から近く、和と洋が融合した長崎らしい宿になっています。ふじわら旅館さんのときからのお客様もいますし、今はビジネス客が多く、リピーターがとても増えているのがうれしいです。今後は宿泊業を広げていければと考えています。今でも藤原さんとたまに電話で話したり、分からないことを質問したりと、いいお付き合いが続いています。
継ぐモノへのメッセージ
―最後に、事業承継を検討している方にメッセージをお願いします。
熊井氏:何か事業を始めるとき、ゼロベースで考えるより、今あるものを生かしていくという選択肢もあります。私は事業承継という形で念願の宿泊業を始めることができて、とても良かったです。
濱里氏:今回のケースでは、引き継ぐ側からすると初期投資を抑えられて、抜群の立地とお客さんまで引き継げたことが良かったと思います。当センターは公的機関で、一定のレベルまでは無料でご相談いただけます。商工会や銀行、外部専門家などさまざまな機関や人と連携して支援にあたっていますので、ぜひお気軽にご相談ください。
(取材・編集:2022年12月1日)