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2022.1.25

アトツギが日本を支えている

一般社団法人ベンチャー型
事業承継 代表理事

山野 千枝 氏

アトツギベンチャーの定着目指す

 ベンチャー型事業承継とは何かという前提を皆さんとそろえたいので、私から話をさせていただきます。私はビジネス情報誌「Bplatz」の編集長を17年間やって、約3000社を取材しました。その中で感じた結論は「アトツギが日本を支えている」でした。一方でアトツギの世間的なイメージは苦労知らずのボンボンとか親の七光とか、参加されている皆さんも1度は言われたことがあると思います。また借入金や古臭い事業を引き継がさせられた気の毒な人というイメージもあります。しかし私の回りの若いアトツギたちは「電卓をたたいただけなら家業なんて継いでないですよ。でも継ぎました」と、最高の笑顔で言ってくれる人たちばかりです。
 暗いアトツギのイメージを変えたいと、この団体をつくりました。ファミリービジネスの事業承継に特化した新規事業開発支援をやっています。私たちのミッションは「アトツギベンチャーというカルチャーを世の中に定着させる」こと。ベンチャーといえばスタートアップという社会通念を打破して、アトツギもベンチャーなんだというカルチャーを定着させることを掲げています。
 具体的には、オンラインサロン「U34」の運営、イベント研修の企画運営などをやっています。「U34」の入会時の年齢は34歳未満にしています。34歳になったら退会しなきゃいけないのではなくて、一刻も早く新規事業に着手しようというメッセージを込めてこういう設定にしています。なぜこのステージの人を応援するかというと、この時期の家業はお父さんやお母さんがまだ現役で、ツートップなんです。アトツギが社長になってしまうと、既存事業の維持拡大や業務改善とか日々の経営者の仕事に忙殺されて、おそらく新規事業をする時間はなくなります。このツートップ時代にこそ次の10年後の飯の種をまく絶好のタイミングだと、このステージの後継者を支援する環境を作りました。

 この世代が新規事業に動いていると、必然的に社長交代、事業承継が早くなる傾向があります。オンラインサロンでは、地域も業種も会社の規模も関係なく、野心ある前向きな後継ぎがオンラインでつながっています。

家業らしさに自分らしさを掛け算

 会社には有形無形の資源があって、そこにアトツギのノウハウやネットワーク、好きなこと、得意なこと、人脈などを掛け算して新しく事業展開することをベンチャー型事業承継と呼んでいます。必ずしも新事業とか新サービスをベンチャー型と呼んでいるわけではなくて組織を見直すとか業務改善的なアプローチし始めたところから結果的に、新規事業になっていくというケースも非常に多いことから、このような5類型をすべてベンチャー型事業承継と定義しています。もっとわかりやすくいうと、家業の特徴や強みといった「家業らしさ」とアトツギの強みや特徴といった「自分らしさ」を掛け算することです。

 ベンチャー型事業承継のわかりやすい例として紹介するのは木村石鹸さんです。同社は大阪府八尾市にある、かつてはОEМ(他社ブランドの製造)がほぼ100%の石鹸メーカーです。5代目社長はもともと学生時にITベンチャーをやっていました。会社に戻ってきてITベンチャー時代に培ったブランディングなどを駆使して新規事業を立ち上げます。彼は自社の一番の資源を「ものづくりに真面目な社員さん」と思うわけです。真面目なんですが、長いことОEМをやっていたので下請け体質で積極的にものづくりをするという体質がなかったんです。そこに彼が入ってチーム作りとか人事考課の制度を持ち込んで開発集団になりました。いまは製氷皿専用の洗剤とか白いTシャツ専用の洗剤とかマニアックな洗剤をたくさん作っていて、彼のSNS発信のうまさも手伝って今すごく注目されている会社です。真面目な社風という「家業らしさ」と、アトツギ自身のITベンチャーの経験やブランディングなどの「自分らしさ」を掛け算して、新しい業態転換をされたという事例です。

同族こそ事業承継の王道

 なぜ私が同族承継にこだわるのかをお話しします。事業承継の形には①同族承継②従業員承継③第三者承継(М&A)の3種類がありますが、日本は昔から同族承継が多かったけれども継がない人がたくさん出てきたので、従業員承継や第三者承継が潮流になっています。後継者のいない会社が第三者承継やМ&Aに行くのは、私も否定しませんが、同族承継が王道だと思っています。
 今の世の中は望めばどんな仕事だってできる時代です。その中で「電卓をたたいただけなら家業なんて継いでない」という人が家業をなぜ継いだのかという話なんですね。第三者承継やМ&Aは電卓をたたいて採算が合うから買ったり、買わなかったりする世界です。電卓をたたいて合わなくても継ぐ世界に、私は事業承継の可能性を感じています。アトツギは、家族と会社がほぼイコールなので、会社は未来から預かっているものという感覚を持っている人が多いです。つまり自分のものではないので、自分の代で終わらせるわけにはいかない、激流の中で生き残るために自分たちが変わっていかないといけないと強く思っています。
 アトツギって苦労知らずのボンボンとか言われるわけですが、「エリート会社員が社長を継ぐよりもボンボン呼ばわりされていたアトツギが継ぐ方が長いスパンで見ると成功しているケースが多い」。これは多くの中小企業を見てきた藤野英人さん(レオス・キャピタルワークス株式会社代表取締役社長・最高投資責任者)がおっしゃっていた言葉です。家業を見ながら育ってきた人たちの底力に期待していると言っていました。アトツギはたまたまその家に生まれただけだから、知識とかスキルとかが優秀な人は世の中にいっぱいいると思います。けれども、会社の存続に対しては、MBAホルダーの優秀な人たちよりも、後継ぎの方が存続にコミットできると思っています。
 私は長く中小企業系ベンチャー支援をやっていて違和感があったのは、中小企業への支援もスタートアップの支援もたくさんありますが、若い承継者への支援がほとんどないんですね。重要な存在ですが、見過ごされています。この機会に、アトツギこそ地方の経済行政の支援対象だということを強調しておきます。

 アトツギを取り巻く環境ですが、ファミリーは強いですが超面倒臭いです。私の家も弟が4代目を継ぎましたが父と泥試合でした。家族だから社員の前でどつき合いのけんかもするし、家族だから忖度して言いたいことも言わなくて無言のけんかもします。社員からすると家でやってくれという話なんですけどね。そのくらい面倒臭いエモーショナルな世界です。高名なМBA理論も経営マニュアルも「うちの会社(親)には再現性無いわ」って話です。
 経営者は孤独だと言いますが、後継ぎはもっと孤独だと思います。経営者になると色々な団体とかコミュニティーとかありますが、アトツギは孤軍奮闘している。友達に言っても理解してもらえないし、周囲に同世代の人がいません。新しい事業を考えて心が折れて頓挫する、それがアトツギの新規事業あるあるです。若手アトツギが新規事業に取り組む上での課題に以下の5点があります。

アトツギはおもしろいという社会に

 こういう課題を社会が解決するインフラをつくっていかないといけません。今日来られている方もこういう課題を解決するフォローをやってほしいと思っています。要するにアトツギが挑戦を始めるのは簡単ではないんです。みんな心が折れながらも、でも「何もしないで10年後に会社はあるのか」と、みんな考えています。家業で熱狂したいとも考えています。今の時代、使命感だけで30年間経営者なんてやっていられません。自分が夢中になれる、自分がなりたいことに家業を寄せていくぐらいに熱狂したいとみんな思っています。  なぜ後継者不在問題が起こっているのでしょうか。若い人にとって中小企業、親の会社を継ぐのが魅力的ではないからです。そこを変えないと、対処療法のМ&Aでどんどんマッチングしましたと言ったところで、根本的な解決になっていません。若い世代が中小企業のアトツギになることを、おもしろいと思わせるようなムーブメントを作らない限りは、後継者不足を永遠にМ&Aで対処することになると思います。

(取材・編集:2021年10月27日)

一般社団法人ベンチャー型
事業承継 代表理事
株式会社千年治商店 代表取締役
山野 千枝 氏

1969年生まれ、岡山県出身。関西学院大学卒業後、ベンチャー企業、コンサルティング会社を経て、大阪市経済戦略局の中小企業支援拠点「大阪産業創造館」の創業メンバーとして2000年より参画。ビジネス情報誌「Bplatz」の編集長として多くの経営者取材に携わる中、ファミリービジネスの経済合理性に着目し、同族企業の承継予定者に特化した新規事業開発を支援する「一般社団法人ベンチャー型事業承継」を設立、代表理事に就任する。オンラインサロン「アトツギU34」主宰。社史制作や企業のブランディングを手がける株式会社千年治商店 代表取締役。関西大学「アトツギベンチャーゼミ」非常勤講師。日本経済新聞「日経ウーマンオブザイヤー2020」受賞。