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地域に根差したM&Aを。
株式会社中央計装
代表取締役
岡田 健二 氏
父の会社を引き継ぎリスクヘッジ経営
北九州市小倉にある「中央計装」は18年前、父の他界により27歳だった私が急きょ引き継ぎました。オートメーション、自動制御を核にした電気工事の設計、ソフトの製作などをやっています。父から継承した当時は、従業員が8名、全員同僚で職人です。年商が1億円程度でした。当時の感覚としては、利益を求めるというのはなくて、とにかく景気などによって収益が上がったり下がったりだったので、そのマイナス部分をどうやって埋めるかに特化して18年間やってきました。
最初にやったのは、自分に経営の経験がないので経験をパクろうと思って本屋に走りました。「潰れる会社の共通点」という本を見つけて、験担ぎみたいな感じで真似させていただきました。例えば「潰れた工場を見に行くと雑誌や漫画が落ちている」と書いてあったので、翌日、従業員に「雑誌が落ちていたら捨てるよ」と言ったりしました。
次に受注ポジションの向上です。わが社は4次下請けということで上に大手の電気会社がいます。ですから仕事は簡単で、内容にあまり中身はないんです。この方が簡単なんですが、そこから1つ上に行くにはお客様から受けたトラブルを解決したり頭を使わないといけないんです。まずはそこに行こうと思いました。当時みんなで考えた社是があります。「我々は電気のプロ集団である。プロとしてお客様に安全・快適・効率的な環境を提供する」。これをモットーに受注ポジションをあげていくぞと、やりました。
3点目のリスクヘッジは、雨が降ってもマイナスを出さない仕組みです。現場では雨が降ると仕事ができません。それで昔からあった製作物の受注拡大を進めました。4番目ですが、製作物は東京より九州の方が人件費が安いので、東京と大阪に営業所を作り、そこで制御盤の受注拡大を狙って、九州で作ったものを関東、関西に送る―。それで雨の日のリスクがどんどん低減する仕組みを作りました。これは事業拡大ではなくリスクヘッジです。
カフェ経営で課題を解決、有望な若者を雇用
会社の経営が安定してきても私は将来のリスクが不安でした。北九州って大手企業だと安川、TOTOなどがあり、10年後の中央計装には新卒はだれも来ないだろうという思いがあり、人手不足が加速しているので10年後はまずいなと思いました。世の中では働き方改革が進んでいますが、うちのような技術職だと顧客のトラブルには駆けつけないといけません。それが続くと家庭からの苦情で辞める従業員が出ることも不安でした。
それで「岡八」という施設を宗像に作りました。「休日は自然で遊ぼう」をコンセプトにしたセルフサービスのバーベキューが楽しめる海のカフェです。昭和30年代の旅館を個人で購入しました。春から秋にかけてはマリンスポーツや磯遊びができます。雨の日も屋内で遊べるような施設や、企業の打ち合わせやパーティにも利用できる別棟なども作りました。なぜ岡八を創設したかというと、①働き方改革で休日を持て余す顧客をもてなして営業活動につなげる ②従業員の福利厚生施設として活用できる ③将来の人材活用ツールを狙える——の3点です。会社で全然違う事業をすると失敗するケースが多いので、会社が私個人に資金を貸すという形でこの計画を進めています。
2020年3月のオープンからこれまでの結果ですが、営業面では顧客とのコミュニケーションが取りやすくなったり、中央計装の顧客が他のお客様を連れて来てくださったりすることがあります。福利厚生面では、昨年の来客は1万人を超え、弊社従業員は専用場所があることで優越感を感じ、リピートする人もいました。人材獲得面はこれからの課題です。
岡八をやって思ったのは、アルバイトを募集したとき博多でずっと飲食をやっていて宗像に戻った力のある子がいっぱいいたんですが、仕事がないんです。ヨーロッパで修行した子がコンビニでバイトしているとか、考えられないケースもありました。そうした地元の有力なメンバーを雇用して社会保険に入ってもらい、彼らは経験と力があるので岡八の運営を任せて、私も本業に専念できるようになりました。また地元の漁師たちと触れ合う機会も増えました。地元からは「昔の漁港宿場町としての華やかさがなくなってしまった。どうにかして再興してくれんか」という声も聞きました。そういう折に玄海旅館が売りに出たと耳にしました。
M&M&Aで玄海旅館を購入、地域活性化に活用
玄海旅館は岡八とは岬の山を挟んで反対側にあり、神湊漁港のすぐ近くにありました。宴会場がありますが、当時は地元の人の要望があった時だけ営業する状況でした。旅館の窓からは「みあれ祭」(海上・航海安全と大漁を祈願して行われる宗像大社秋季大祭初日の祭り)が目の前に見えます。
玄海旅館のM&Aについて、いろいろな状況を考えました。「会社の福利厚生で宿泊施設がほしいとの要望」「営業促進で子育て世代以上のもてなしの場がほしい」「神湊を盛り上げたいという地域の声」「玄海旅館は古くて個人ではM&Aの予算がない」などです。悩んでいると経産省の事業再構築補助金があるのを知り、利用することにしました。運営会社の大倉興業の申請なら補助金を受けられるのではないかということで、今回の事業承継に至りました。
地域をつくるために考えているプランがあります。まず屋台村を造って地元の漁師さんに入ってもらい、集客を競い合って海産物を売ってもらおうと思っています。目標は高知のひろめ市場です。集客は岡八で3万人、屋台村で3万人、玄海旅館(中にお食事どころ魚匠玄海というのを造って入りやすくしようと思ってます)で3万人です。地域から公民館も活用してほしいと言われていまして、観光地にある射的場をやろうかなと思っています。目の前の海で「みあれ祭」が開かれているときに、少しでも盛り上がってやれるんじゃないかなと思っています。
玄海旅館のM&Aをやった時の条件ですが以下の4点です。①今の従業員はそのまま残ってもらう ②私の本業に支障が出ないように立ち上げ以外は地元スタッフに任せる ③購入資金は会社に借りるが中央計装の従業員に納得してもらえるように営業面・福利厚生面のために利用する ④屋台村の収益10%を行業組合に提供する―などメリットを地域全体に還元できるようにします。
まとめになります。①事業承継とは売上や事業の拡大など野心家がやるというイメージがありますが、営業促進や人材獲得など本業のリスクヘッジという面もあり得ると思います。②M&Aは中小企業や個人レベルでも可能で、目的次第では本業を一緒に作ってきた人たちへ福利厚生や再就職などといった恩返しにもなるのではないでしょうか。③M&A先が異業種の場合、結局のところ人であり、 任せる人が居なくて全て自分でやる気持ちで進めると、恐らく本業も駄目になります。人の運営についてはしっかり計画した方がよいです。
M&Aをやって、漁港に行って漁師さんと触れ合ったり、新しい世界を見せてもらったり、地元に頼ってもらったりして、私の場合は結構幸せです。大手企業のM&Aばかりではなく、うちの企業レベルのM&Aを知ってもらえば幸いです。
(取材・編集:2021年10月27日)