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2024.02.27

「事業承継と第二創業―国内回帰を目指す、ある企業の場合―」後編

経営者は自社の課題を認識していても、高齢になると改革に踏み出すことに消極的になってしまう場合があります。事業承継することによって、次の世代が企業の課題を克服できるかもしれません。本コラムは事業承継によって第二創業が成功した事例のお話(後編)です。
(本内容は、いくつかの企業の事例を基にしたフィクションであり、企業名、登場人物名等は架空のものです)

前編はこちら

目次

登場人物

杉山 耕夫(すぎやま すきお)
70歳。熊本の工業高校の機械科を卒業後、大阪の農機具メーカーへ就職。
農機具の製造や設計を覚えたころ、会社が九州に製造拠点をつくる際に小さな工場の立上げに工場長として3年間の期限付きで赴任。
工場も軌道にのり、3年が過ぎたころ、本社メーカーの下請け会社として独立、杉山機械の社長となった。十数年前に製造拠点を海外移転したがうまくいかず、国内回帰させるタイミングで三男の高夫に事業承継することにした。

杉山 高夫(すぎやま たかお)
耕夫氏の三男。現在、株式会社杉山機械の副社長。東京の大学で機械工学を学ぶ。
大手のエンジンメーカーを30歳を過ぎたころ退職し、杉山機械に入社。製造拠点の海外移転の際、現地担当としてV国に渡った後、国内回帰する杉山機械を承継することになった。

(前編のあらすじ)
特殊な農機具を製造する株式会社杉山機械は十数年前、製造拠点をV国に移したが、製品の品質低下や技術の流出により国内回帰を検討していた。国内回帰するにあたって、社長の耕夫は自分が高齢であることを不安に感じており、中小企業基盤整備機構(中小機構)の専門家の助言を受けて、三男の高夫に事業承継することにした。

国内回帰の戦略

事業承継計画の策定で課題と対応策が明らかになったので、高夫は専門家のアドバイスを受けながら、国内回帰を成功させるため、以下の方策を実行しました。

①国内の生産拠点を再強化
国内での部品の調達等、サプライチェーンの再構築が重要です。メーカーの下請け事業者等、現存する中小企業を丹念に調べ、新たな取引先を厳選することで、品質管理や納期管理を向上させることができました。国内で製造されている部品を使うことにより、円安や関税の影響も受けにくくなりました。

②現製品の技術革新
市場のニーズを掘り起こし、応えるためには、性能や機能の向上が不可欠です。そのためには、自社にない技術の習得も必要になります。
例えば、家電メーカーのO社は、家電開発では後発でしたが、開発経験の豊富な大手家電メーカーのOBを多数採用しています。若手社員にプロジェクトリーダーを任せたり、開発経験者に技術指南役としてプロジェクトをサポートさせたりと、技術の吸収、移転を円滑に進めています。高夫はこの事例を参考に、他の農機具メーカーのOBを採用し、技術の吸収を図っています。

③デジタルツインの導入
経済産業省の補助金等をうまく使いながら、デジタルツイン(注2)で製品の設計から製造、現場の効率化までを一元管理しています。例えば、現実のライン構築前に、仮想現実で次世代の製造ラインを構築することで、生産工程のボトルネックを特定し、それを改善することにより生産能力の向上を図りました。さらに、3Dシミュレーションによる最適化やVR技術を活用した安全教育など、先進的な手法を用いて競争力を高めています。
デジタルツインを活用して、高夫は新事業のハウス栽培にも乗り出しています。ハウス内の温度、湿度、空気の対流、LEDによる代替日照時間等を考慮した設計を行い、柑橘類の環境制御型栽培システムを構築し、自社の試作機用農園での栽培を始めています。
(注2)デジタルツインとは、コンピューターの中の仮想空間で、3DCAD等を使って現実の製品と同じものを実現することです。デジタルツインには、開発段階で使う場合と、製造ラインを仮想現実で構築、最適化を図る場合等が考えられます。

④新たな市場の開拓
自社の製品開発のプロセスや製品機能に新たなイノベーションを持ち込むことで、新たな市場を創造することが可能です。
例えば、老舗の温泉旅館J社は、現在では週休3日の旅館として有名です。もとは普通の温泉旅館でしたが、SEを経験した夫婦が後継者となることで、自社の旅館運営システムを開発し、大幅に生産性を向上させました。今は従来どおりの旅館業を営みながら、開発したシステムを他の旅館にも提供することをメイン事業としています。
高夫は、新事業の環境制御型のハウス栽培で、収穫時期が年1回に限定される柑橘類を複数栽培することで、年4回の収穫を実現するシステムの開発に挑戦しています。最終的には、ハウス栽培の環境制御システムを販売し、技術面でのアドバイスを提供していくことを目指しています。

資産を受け継ぎ、未来を切り拓く

杉山機械は、農機具の製造という伝統的な分野で長い歴史を持ち、その品質と信頼性で多くの顧客から支持されてきました。しかし、時代の変化に合わせて新しいことに挑戦しなければ、生き残ることはできません。私は経営力には自信がありましたが、このタイミングで高夫に承継して良かったと思っています。
事業承継後、高夫の杉山機械は新たな航路を模索しています。第二創業のステージに立ち、資産を受け継ぎながらも、未来を切り拓く決意を固めたのです。彼は柔軟な発想と技術的な知識を持ち、伝統と信頼を守りつつ、新たなビジョンを描いています。人材の育成と継続的な改革を通じて第二創業の成功を目指しています。
杉山機械の未来は、遺産と革新の融合によるイノベーションの上に築かれていくことでしょう。第二創業の航海は、新たな挑戦と希望に満ちています。

中小企業アドバイザー
松岡 次弘氏
1958年 福岡県生まれ
1980年 九州工業大学 制御工学科 卒業
2018年4月~2022年3月 佐賀市産業支援相談室 マネジャー
 創業支援、補助金申請書作成支援、経営革新計画作成支援
 ・相談件数       2,200件超
 ・創業支援       30社超
 ・ものづくり補助金採択 12件超
 ・事業再構築補助金採択 4件
2021年4月 認定経営革新等支援機関
2022年4月 中小機構九州本部 中小企業アドバイザー 事業承継担当