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2024.02.20

「事業承継と第二創業―国内回帰を目指す、ある企業の場合―」前編

経営者は自社の課題を認識していても、高齢になると改革に踏み出すことに消極的になってしまう場合があります。事業承継することによって、次の世代が企業の課題を克服できるかもしれません。本コラムは事業承継によって第二創業が成功した事例のお話(前編)です。

(本内容は、いくつかの企業の事例を基にしたフィクションであり、企業名、登場人物名等は架空のものです)

目次

登場人物

杉山 耕夫(すぎやま すきお)
70歳。熊本の工業高校の機械科を卒業後、大阪の農機具メーカーへ就職。
農機具の製造や設計を覚えたころ、会社が九州に製造拠点をつくる際に小さな工場の立ち上げに工場長として3年間の期限付きで赴任。
工場も軌道にのり、3年が過ぎたころ、本社に戻るかどうかの選択を迫られ、そのまま九州に残る決断をした。その際、当時の役員の「独立したら」という言葉に影響され、本社メーカーの下請け会社として独立。現在では農機具の中でも特殊な機械を製造する株式会社杉山機械の社長を務める。

杉山 高夫(すぎやま たかお)
耕夫氏の三男。現在、株式会社杉山機械の副社長。東京の大学で機械工学を学ぶ。
大手のエンジンメーカーで設計エンジニアとして仕事は順調そうだったが、30歳を過ぎたころ、なぜか突然会社を辞めて、家業を継ぎたいと戻ってきた。

製造拠点の海外移転

杉山機械は、国内市場で順調に成長していた十数年前、国内の農機具販売会社から声を掛けてもらい、東南アジアのV国で合弁事業を立ち上げました。進出先にV国を選んだのは、実習生として何人かのV国人を雇い入れており、現地の生の情報を入手しやすかったからです。また、V国や東南アジアではこれから農業の機械化が進むという思惑もあり、現地生産の強みを活かし、さらに安く作れた完成品を逆輸入するという戦略もありました。当社からは副社長の三男の高夫を現地担当として派遣しました。

突然会社を辞めた高夫に、私は深い理由は聞かず、当社に受け入れました。後に高夫の昔の同僚に聞くと、当時の上司とうまくいっていなかったとのことです。そんな息子にもう一度チャンスを与えたいという気持ちもあり、会社も工場の立ち上げの経験ものない三男をV国へ送り出しました。何かのときには自身の経験で彼をサポートできると考えていました。

海外進出の誤算

進出から10年、当初はうまくいっていたものの、年を経るにつれていくつか目論見が外れる事態が発生しました。一つは、思いのほか、V国で製造した製品の品質が上がらず、利益を圧迫する事態に陥っていたということです。二つ目は技術の流出です。人材の育成にも注力しましたが、技術を身につけると待遇の良い他社へ転職することが頻繁に起こり、技術や人材が定着せず、品質の向上が実現できませんでした。三つ目は、合弁事業のパートナー企業の規模が当社よりも大きく、初期投資は折半でしたが、こちらからのコントロールがうまく利かず当社の収益に貢献しなくなってきたことです。

国内回帰と事業承継

V国からの撤退を検討し始めたころ、中小企業基盤整備機構(中小機構)のある専門家と出会いました。専門家に相談すると、一度は海外展開した事業者が国内回帰をすることは一般的であり、海外の生産拠点や部品供給元を国内に戻すことで、コスト削減や品質向上、カントリーリスクの回避などを図る戦略がとれるとのことでした。
しかし、国内回帰には、国内の人材不足や設備投資の負担、海外市場へのアクセスの低下などの課題があります。製造業の国内回帰は一朝一夕にできるものではなく、課題を解決する長期的な視点と戦略的な判断が必要です。
一方で、これから長期的視点で国内回帰を図るには、私自身はすでに歳をとりすぎているように思えました。その思いを聞いた専門家は、そのために副社長さんがいると言ってくれました。そこで、事業承継の道筋をつけた上で、経営改革を高夫に任せる決断をしました。

事業承継の計画策定

まずは、アドバイスしてくれた中小機構の専門家と事業承継に向けた計画を策定することにしました(注1)。地元の信用金庫職員の支援も受けながら、自社の強み・弱み、経営課題などを整理します。株式の取り扱いなど金融資産に関する内容だけでなく、自社の技術や顧客ネットワークなど、目に見えない資産にも着目して承継のスケジュールを立てていきます。計画では、経営課題の解消法を検討し、自社の磨き上げにも着手することにしました。最後は、5年後に経営権を渡すために計画を着実に実行することを決意しました。
なお、計画策定の過程で、副社長の高夫ともたくさん話をしました。会社への思い、後継者としての希望と不安、社長としての楽しさと苦労など、お互いに理解する良い機会となりました。

後編に続く

(注1)中小機構では、事業承継計画策定のための専門家派遣制度を実施しています。専門家を3回、無料で派遣します。ただし、お申し込みは支援機関(商工団体、金融機関等)を通じてとなります。

中小企業アドバイザー
松岡 次弘氏
1958年 福岡県生まれ
1980年 九州工業大学 制御工学科 卒業
2018年4月~2022年3月 佐賀市産業支援相談室 マネジャー
 創業支援、補助金申請書作成支援、経営革新計画作成支援
 ・相談件数       2,200件超
 ・創業支援       30社超
 ・ものづくり補助金採択 12件超
 ・事業再構築補助金採択 4件
2021年4月 認定経営革新等支援機関
2022年4月 中小機構九州本部 中小企業アドバイザー 事業承継担当