
宮崎県都城市では、事業承継の支援機関と行政が連携体を組織し、地域全体で事業承継支援の自走化を進めている。支援が必要な経営者・後継者の掘り起こしとともに、支援機関職員の能力向上を目的の一つに据える。2024年度は、経営指導員らが事業承継計画書の策定を支援する「後継者育成塾」を初めて開催した。事業承継の周知・啓発にとどまらず、「支援力向上」を目指す取組は、県内各地にも広がっている。
2024年の年の瀬、都城商工会議所の会議室。都城圏域事業承継支援者会議の議論は熱を帯びていた。「創業したい移住者と、廃業を考えている経営者をつないでみては」など、新たな支援のアイデアが次々と飛び出す。

集まったのは、宮崎県事業承継・引継ぎ支援センター、都城市、都城商工会議所、都北商工会連絡協議会の面々。取りまとめ役の中小機構九州本部中小企業アドバイザー、山元理さん(52)は「失わなくてもよい技術、ノウハウ、その店だけの味、そして雇用を守ることが我々の仕事との思いで支援に取り組んでほしい」と強調した。
「事業承継知らず」手探りの仲間作り

今や事業承継支援の先進地となった都城市も、7年前までは様相が違った。「実は『事業承継』という言葉も知らなかった」。宮崎県事業承継・引継ぎ支援センターのエリアコーディネーター、宇都弘次郎さん(66)は、センターに着任した2018年5月当時を振り返る。
都城市役所を定年退職したばかりで、事業承継の支援機関や民間専門家との人脈もなかった。「とにかく人に会い、仲間を増やす」ことから、連携体の歩みは始まった。
2019年、宇都さんの呼びかけで経営者・後継者向けのセミナー、個別相談会がスタート。宮崎県事業承継・引継ぎ支援センター、都城商工会議所、都北商工会連絡協議会、金融機関が加わり、行政も共催の形で支えた。
宇都さんの相談役となり、連携体の道筋を照らしたのが、事業承継や創業など多数の支援実績を持つ山元アドバイザーだ。都城商工会議所指導係長の新地正宏さん(43)は「各種支援や事業を通じて、山元アドバイザーとの信頼関係が構築されていた点が、連携体がスムーズに形成された要因になった」と語る。

支援の自走化目指し 連携体の取組スタート
2022年度からは、事業承継支援の自走化に向けた3か年の取組が始まった。
経営者・後継者向けのセミナー、相談会に加え、支援者向けの研修も充実させた。山元アドバイザーは「目の前の業務で手いっぱいな経営者に、『目線を上げましょう』『未来を考えましょう』と呼びかけるのが僕らの役割」と、支援機関職員の能力底上げを目指した。

事業者の想いも事業承継支援に反映

高城町商工会の経営指導員、若松健治さん(32)は、連携体の取組を通じて「経営者・後継者と時間をかけて対話することで、引き継ぐ前の課題がより深掘りできるようになった」と実感する。事業者の想いや今後の展開などをより重視するようになったという。
「私たち商工会・商工会議所は、各職員がそれぞれ特定の事業者と長年かかわる中で信頼関係を築き、事業承継も常日頃の経営支援の一環として対応してきた」と語る新地さんも、研修会や、コーディネーターと一緒に経営者・後継者と向き合う中で、学ぶべき点が多くあったという。
経営指導員が確定申告の会場で、経営者に「事業承継はどうされるのですか」と声をかけ、事業承継につなげたケースもあった。
2024年度の後継者育成塾は、3日間計9時間かけ、後継者ごとに経営指導員らがつく「1企業1サポーター制」で事業承継計画書の策定を支援した。山元アドバイザーは「支援機関の職員が事業承継計画書の策定までを担うことが、これからますます推進される。2025年度はこの体制がさらに強化される」と期待する。
行政も大きく動き出した。都城市は2022年、第三者承継などに取り組む経営者に対し、経費の一部を補助する制度を新設。市商工政策課課長の久保尚裕さん(56)は「10年程前に事業承継支援の取組を提案したが、支援環境等が脆弱であったため、周囲の理解が得られにくかった。今は、行政としてしっかりやるべき事業だとの認識が広がった」と変化を強調する。

都城圏域の取組は地域を超え、延岡市では2024年4月、事業承継連絡会が発足。行政が中心となり、商工団体、金融機関とセミナーや個別相談会を開いた。同様の連絡会は、日向東臼杵地区、西臼杵地区にも広がりを見せ始めている。

全国の中小企業・小規模事業者のうち、65歳以上の経営者は約4割を占める。多くの事業者に、事業承継のタイムリミットは迫っている。「支援者が増え、レベルアップしていけば、よりよい事業承継をさらに進められる」。そう力を込めた宇都さんの言葉は、都城圏域の連携体の決意表明でもある。
宮崎県事業承継・引継ぎ支援センターエリアコーディネーター(宮崎県南・県西)
宇都 弘次郎氏
1984年、都城市役所に入庁。市民生活部、建設部、商工観光部、教育委員会等を経験し退職。2018年5月より宮崎県事業承継・引継ぎ支援センターのエリアコーディネーターとして事業承継を支援し、現在に至る。
都城商工会議所指導係長
新地 正宏氏
2005年、都城商工会議所に入所。3商工会議所連携「女性起業家セミナー」や、商工会議所として全国初の「地産デザイン」を企画・開催。事業承継補助金など、補助金採択実績は8年間で62件に上る。
高城町商工会経営指導員
若松 健治氏
宮崎県商工会連合会に2014年に入職。高城町商工会に配属されて6年目。事業承継支援や金融、補助金申請支援など、地域内の商工業者の支援に取り組んでいる。
都城市商工部商工政策課長
久保 尚裕氏
1987年、都城市役所に入庁。市民生活部、福祉部、土木部、商工観光部等を経て、2024年、商工部商工政策課の課長として配属。商工業の振興、雇用対策、中心市街地の活性化に取り組んでいる。
中小企業基盤整備機構九州本部中小企業アドバイザー
山元 理氏
都城市出身で、百貨店の後継者として経営実務を10年間経験。中小企業診断士として独立し、2352社の中小企業を支援、講演・セミナーは1005回を数える。著書に「成長する企業 衰退する企業」(WONDER COMMUNICATIONS)
(取材・編集:2024年12月21日)