
経営者の親族や従業員以外が事業を引き継ぐ「第三者承継」は、近年、事業承継の有力な選択肢となっている。熊本県熊本市の内装工事会社「インハウス」は、滋賀県からUターンした人材が事業のバトンを受け取った。熊本県事業承継・引継ぎ支援センターのマッチングが、経営者と後継者の縁を結び、事業継続と新たな成長の機会をつくった。

2025年1月4日、「インハウス」社長の平岡康揮さん(46)は、佐賀市の中古車販売店の改修工事現場にいた。約25年過ごした滋賀県からUターンして初めての年末年始。6人の職人の作業を見守り、時に指示を飛ばす。3日後には、熊本県人吉市の現場での作業も始まった。
平岡さんが「インハウス」を事業承継したのは2024年4月。会社とともに、長年の顧客も引き継いだ。「これまでのお客さんを大切にしながら、新しいお客さんも開拓したい」。慌ただしい新年を迎え、平岡さんは決意を新たにした。
インハウスの前身、インテリアショップ「クリーン熊本」が創業したのは38年前。創業者の隈部龍成さん(70)は元自動車セールスマンで、インテリア好きが高じて起業した。その後、リフォーム業にも業容を拡大した。「インテリア好きが気に入ってくれ、創業時からのお客さんも多い」と、隈部さんは語る。
後継者不在「お得意様のために第三者継承」
隈部さんは65歳を前に、「第二の人生を楽しみたい」と近い将来の引退を決意。3人の息子は既に独立し、廃業も頭をよぎったが、「従業員と、長年のお得意様に迷惑をかけたくない」と、第三者承継を視野に入れて、熊本県事業承継・引継ぎ支援センターに相談した。2018年6月、センターに「譲渡企業」として登録した。
一方の平岡さんは熊本県荒尾市出身。約25年前に親戚が経営する滋賀県の建設会社に入った。2010年の独立後は、主にリフォーム工事を手がけ、業績も順調に伸びていった。

転機は2021年。3年ぶりに帰省した平岡さんは、年齢を重ねた両親の姿に驚いた。「両親の世話を地元にいる妹だけに任せるわけにはいかない」と帰郷を決意した。熊本での起業も考えたが、経営者仲間から「ゼロから始めるのはもったいない」と背中を押され、2022年12月、熊本県事業承継・引継ぎ支援センターに「譲受者」として登録した。
マッチング「この人だったら」と確信
世代も経歴も違う2人は2023年9月、熊本県事業承継・引継ぎ支援センターのマッチングで初対面した。平岡さんは隈部さんの人柄に好感を抱き、隈部さんも「この人だったら、私と同じようにお客さんを大切にしてくれる」と確信した。

交渉はトントン拍子で進み、初対面からわずか7か月で事業承継を完了した。平岡さんはマッチングを振り返り、「公的機関の紹介という安心感があった。金銭面など直接話しにくい交渉もセンターが間に入ってくれ、『仲人』のようにまとめてくれた」と感謝する。
引き継ぎのため、顧問で残っていた隈部さんは2024年12月末で退任した。「『お客さんを大切にする』以外は、平岡流でやってもらいたい」とエールを送る。自身は「古民家を借りて、流木アートの店も開きたい」と、第二の人生に夢を膨らませる。

「平岡流」でB to Cの拡大目指す
「平岡流」の経営で目指す一つは、「B to C(一般消費者向け)」の拡大。動物好きの平岡さんは、ペット対応リフォームにも力を入れる。「(起業に比べて)事業承継は承継直後でも一定の売上が計算でき、何より、信頼と実績があることが大きい。お客さんとの対話を大切に、喜ばれる提案をやっていきたい」と語る。
事業承継が2人の経営者をつなぎ、インハウスは新たな歩みを進めている。


熊本県事業承継・引継ぎ支援センター
坂田祐輝・統括責任者補佐
熊本県のセンターには、譲渡企業、譲受者がそれぞれ500社・人登録しています。しかし、譲受側が希望する業種とエリアが一致する譲渡企業はそんなに多くありません。
最も重要なのが「相性」です。最初の面談で成否が概ね決まります。隈部さんと平岡さんは第一印象がお互いによかった。
譲渡側は「譲れない点」を明確にしないといけませんが、あまり細かいことを言うと、譲受側が嫌がります。今回は、2人ともおおらかな性格で、隈部さんが「平岡さんの色を出して」と託したこともスムーズな承継につながりました。
資金的な裏付けも大切なポイントです。譲受側に資金的な余力がない場合、条件が合わずに破談する可能性も出てくる。その点で、平岡さんが滋賀でのご商売が順調だったことも大きかった。直接話しにくい金銭面などの交渉は、センターが仲立ちします。
平岡さんのように、古里にUターンして、事業承継を希望する人は一定数います。自治体は移住、Uターンを推進していますが、第三者承継が広がれば、これらの地域課題を解決する大きな力になるでしょう。
(取材・編集:2024年12月5日)