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“廃業させないまち” 行政主導の連携で承継支援

「とよはし事業承継ひろば」(愛知県豊橋市)

愛知県豊橋市は、「廃業させないまち とよはし」をスローガンに、地域を挙げた事業承継支援を推進している。2021年、市を「ハブ」役として、商工会議所、地元金融機関、愛知県事業承継・引継ぎ支援センターが参画するプラットフォーム 「とよはし事業承継ひろば」(https://www.city.toyohashi.lg.jp/48295.htm) を発足した。行政を中心に各機関が連携して承継を後押しする仕組みは、全国の自治体からも注目されている。

現場で「何が起こっているのか?」

中村武史さん

豊橋市がある三河地域は、江戸幕府の祖・徳川家康の影響を色濃く残す。「三河気質」と呼ばれ、我慢強く、慎重な人が多いと言われる。そんな土地柄からか、後継者不在を相談せずに、休廃業する事業者は少なくなかった。

豊橋市は、国際貿易港・三河港を中核に、港湾都市として発達した。大企業や上場企業は少なく、市内の事業所は98・7%が中小企業で、うち従業者20人以下の小規模企業者が約7割を占める。市の調査でも「後継者不足」が課題となっていた。

2018年、商工業振興課に配属された市職員、中村武史さん(47)は素人同然だった。市はこの年、事業承継支援に関する調査業務を予算化した。しかし、事業承継の現場で「何が起こっているのか」「何が必要なのか」が分からない。豊橋商工会議所や地元の金融機関に何度も足を運んで相談した。

商工会議所や金融機関は、セミナーの内容への助言、講師の紹介などで、市の取組を支援した。会員企業や取引先にもセミナー参加を呼びかけ、「事業承継」をキーワードに、各機関のネットワークが徐々にでき上がっていった。

2021年4月、事業承継の公的相談窓口として、国は全47都道府県に「事業承継・引継ぎ支援センター」を設置した。愛知県事業承継・引継ぎ支援センターの開設から2024年11月末まで承継コーディネーターを務めた中村慶三さん(63)は当初、県内の自治体の対応に戸惑ったという。

中村慶三さん

後継者不在で休廃業が増えれば、働く場が失われ、人口流出にもつながる。税収が減れば、住民サービスの低下を招きかねない。ところが、どこの自治体に行っても、「重要性は理解できるが、行政がやることではない」と冷ややかだった。その中で、歓迎してくれたのが豊橋市だった。


「ひろば」で連携 みんなで支援

市内にセンターのサテライト事務所ができると、市から連携を呼びかけた。4か月後、市と商工会議所、センター、市内10の金融機関によるプラットフォーム「とよはし事業承継ひろば」が発足された(2025年1月現在は、金融機関2行、県信用保証協会が追加参画)。市職員の中村さんは「地域を挙げて、『みんなで事業承継を支援する』という体制をつくりたかった」と狙いを明かす。

「ひろば」は、支援機関それぞれの窓口で事業者の相談に応じ、市の個別相談会を経て、事業承継に向けて支援が必要な案件をセンターにつなぐ仕組みだ。行政が参画する利点について、センターの中村さんは「いきなりセンターに相談するのは敷居が高く、周囲の目を気にして金融機関への相談を避ける事業者も少なくない。市民になじみが深く、誰が何の用事で来庁したのか良い意味で「分からない」市役所は気軽に相談しやすく、安心感もある」と語る。

個別相談会を開催している豊橋市役所

市役所での個別相談会は月2回開催。相談には、センターの専門家が応じる。2021年度に26件だった相談件数は、2023年度には37件に増えた。商工会議所や金融機関などへの相談も増加傾向にあるという。豊橋市の取組をきっかけに、行政の相談会は豊橋市を含め県内14市町に広がった。2025年度から新たに2市も定期開催を準備している。

情報誌 市職員も「自分ごと」に

2022年、事業承継の事例を紹介する情報誌「廃業させないまち とよはし」を創刊した。取材は市職員が担当する。事業者に事業承継や支援制度について周知することが創刊の目的だったが、「市職員が『行政として何ができるのか』と、自分ごととして考えるきっかけにもなった」と、市職員の中村さんは実感する。

情報誌「廃業させないまち とよはし」

2人の「中村さん」は、お互いを「慶三さん」「武史君」と呼び合うこともある。「ひろば」が関係を深め、連携はより緊密なものになった。

「事業承継支援には、地域に寄り添う行政の役割は欠かせない」と期待する慶三さん。武史さんは「市民の雇用と暮らしを守るため、行政も積極的に事業承継支援にかかわることが重要だ。そして、単に事業を譲り渡すのではなく、企業が飛躍するきっかけになるよう支援したい」と力を込めた。


豊橋市産業部商工業振興課経営サポートグループ主査
中村 武史氏

2002年、豊橋市役所に入庁。福祉部、財務部、教育委員会などを経て、2018年、商工業振興課に配属となった。同課経営サポートグループで中小企業支援全般に取り組んでいる。

ファイナンシャルプランナー
(取材時は愛知県事業承継・引継ぎ支援センター・承継コーディネーター)
中村 慶三氏

大学卒業後、金融機関で事業承継やM&A等を担当した。定年退職後の2021年から2024年11月まで、愛知県事業承継・引継ぎ支援センターの承継コーディネーターとして事業承継を支援した。

(取材・編集:2024年11月27日)