
「事業承継はまだ先の話」と考える後継者は少なくない。大分県豊後高田市の工務店「アラカワハウス」代表取締役、荒川司さん(31)もその一人だった。商工会議所に背中を押され、事業承継と向き合った。早期の準備が家業を見つめ直す機会となり、地域課題を解決する新規事業につながった。

世に数多ある「甲子園」の一つ、「アトツギ甲子園」(中小企業庁主催)は、39歳以下の後継予定者が、実現したい未来を語る舞台だ。2024年1月の九州・沖縄ブロック大会で、司さんも熱弁をふるった。「地域に根ざす工務店は、ただ建物をつくる人になるのではなく、まちのヒト、コトに目を向けないといけない」
アラカワハウスの前身、荒川建設は1982年、父の住夫さん(70)が創業した。新築住宅の施工やリフォームなどを手がけ、「小さな仕事を積み重ね、その評判やお客さんの紹介で仕事を増やしてきた」と住夫さんは振り返る。

「いつかは継がないと」、好きな仕事か自問
幼少期の司さんにとって、遊び場は資材倉庫、大工道具をふるう父の姿は「日常の風景」だった。2人兄妹の長男として、「いつかは継がないといけない」と感じながら育った。
高校時代の司さんは「家業を継ぐことに抵抗する気持ちもあった」と明かす。「好きな仕事なのか」と自問自答を重ねた末、好きなパソコンを使い、家業にも近い、「建築士」に目標を定めた。県外の大学で建築を学び、設計事務所勤務を経て、2020年、帰郷した。
承継まで「あと4年しか」
「あと4年しかないですよ」と、事業承継の背中を押されたのは、帰郷直後、設計事務所の開業相談で商工会議所を訪れた時だ。「父が70歳になったら世代交代したい」と話す司さんに、担当者は早期の承継準備を促した。「まだ4年もある」が、「あと4年しかない」に変わった。
2024年4月に承継するまでの4年間は、経営者としての覚悟を決め、会社の未来を考える時間になった。決算書で財務状況を知り、事業承継計画を策定する。「生半可な気持ちではできない」と実感した。そして、アトツギ甲子園への挑戦が、実現したい未来を明確にした。


古民家を再生、地域課題を新規事業に
2023年10月に購入した築70年の古民家も、その未来の一つだ。古民家は、司さんがリノベーションの図面をひき、住夫さんが工事を手がけた。貸切宿とカフェ兼ギャラリーに生まれ変わり、創業体験や交流の場となった。
空き家になった古民家に、新たな生命を吹き込む。工務店の技術・経験をいかし、移住・定住、創業支援につなげる新規事業をスタートさせた。
購入した古民家は既に5軒。「『アラカワハウスの息子が古民家を買いあさっている』という噂まで広がって」と話す司さんに、住夫さんは「背中を支えるため、辞めるに辞められなくなった」と苦笑する。


司さんは最近、「父に似ているな」と感じる。承継前に開業した設計事務所「non design office」は、「デザインをしない」という意味で、「デザインを押しつけず、お客さんとつくっていきたい」との思いを込めた。「お客さん目線でやってきた父の考えと一緒なのかな」。疲れて帰り、酒を飲んで寝てしまう自身の姿も、幼き頃に見た父と重なる。
経営の苦労もかみしめながら、司さんは力を込める。「父が築いた伝統や考え方を受け継ぎながら、建築業の新たな未来をつくっていきたい」。実現したい未来への道のりは始まったばかりだ。


豊後高田商工会議所
山形恭遵・経営指導員
支援のきっかけは、後継者の創業相談です。承継はまだ先のことと考えていた後継者に対し、「あと4年しかない」と背中を押しました。
後継者は、新しいことを「やりたい」という思いがすごく強い。目標への道筋をつけるため、会社の現状をきちんと把握し、目標に向けて何をやるべきかを整理するよう、助言しました。目標への土台固めが重要です。
今回の承継では、事業承継計画の策定を、大分県事業承継・引継ぎ支援センターが支援し、その内容を金融機関や税理士とも共有しています。多くの専門家が事業承継を支援してくれます。
後継者には、地域の事業承継の核になってもらいたい。若い移住者が増える中で、「新しい挑戦が成功できる地域」の先駆けになっていただきたい。今は地固め、会社の基盤を強化していけば、だんだんとやりたいことにつながると思います。
商工会議所は、承継後に一緒に伴走する存在です。今回の事業承継に携わったことで、先代の思いも聞かせていただき、会社への理解もより深まりました。事業者に寄り添う立場として、今後の支援にも役立てられると思います。
(取材・編集:2024年11月22日)