サプライチェーンで事業承継 離島の暮らしを守る
奈留島運輸×新鮮館すずらん(長崎県五島市)

後継者不在で廃業の危機に陥った離島のスーパーを救ったのは、取引先の運輸会社だった。長崎県五島市の奈留島運輸が、スーパー「新鮮館すずらん」の引き継ぎを決断した理由は、「島民の暮らしを守るため」。従業員全員の雇用も守った。異業種での「サプライチェーン事業承継」を経験した経営者は、人口減が続く島に事業承継の輪が広がることを願っている。

東シナ海に浮かぶ五島列島・奈留島は古くから漁業で栄え、潜伏キリシタンの歴史が残る「世界遺産の島」としても知られる。この島の食卓を支えてきたのが、スーパー「新鮮館すずらん」だ。寿司や唐揚げなどの総菜が人気で、「買い物なら『すずらん』で」という地元客も多い。
高齢、大病「誰かに引き継ぎたい」

約30年前、鈴木信吉さん(85)の妻が創業し、妻の死後は、鈴木さんが77歳で引き継いだ。経営は堅調だったが、自身は何度も大病を患い、次第に、店をパート従業員に任せることが増えていった。
子どもは島外に住み、後継者はいない。80歳を過ぎ、「お客さんと従業員のため、誰かに引き継ぎたい」と地元商工会に相談し、2020年、長崎県事業承継・引継ぎ支援センターによる譲受先探しが始まった。
奈留島運輸社長の柿森誠さん(72)が、鈴木さんから「スーパーをやらないか」と声をかけられたのも、ちょうどその頃だ。同社は1967年、九州商船の奈留島港代理店として創業。その後、運送業にも進出した。すずらんは生鮮食品や日用品を配送する取引先の一つ。廃業は減収にもつながるが、当初は継ぐつもりはなかった。

離島の事業承継は難航した。興味を示す企業はあったが、結局、「島に人を常駐させられない」と破談になった。鈴木さんも半ばあきらめ、2022年10月にやむなく閉店することを決めた。柿森さんもすずらんを残そうと、説得のために福岡県に住む鈴木さんの息子を訪ねたが、実らなかった。
廃業が現実味を帯びる中、長年の知人だった柿森さんが手を挙げ、長崎県事業承継・引継ぎ支援センターがマッチングを実施した。「生活の中にあるスーパーだから、誰かが引き継がないといけない」と、最終的に柿森さんが事業の譲受を決断した。

「従業員も財産」雇用も継続
一度は閉店と決めていた2022年10月、すずらんは営業を一日も途切れさせることなく、新たなスタートを切った。「経験がある従業員も、すずらんの財産」という柿森さんの方針で、19人全員の雇用が継続された。鈴木さんは「従業員は家族同然。これが一番うれしかった」と語る。

柿森さんは、島民の反応に驚いた。「『やってもらってよかった』と、想像以上に感謝された。改めて、地元の人には欠かせないスーパーだと実感した」
承継から2年がたち、売上は承継前より上向いた。2023年春には、店舗まで足を運べない高齢者らのために、移動販売カーの運行も再開した。「お客さんの声、従業員の声を経営に反映させることは運送業とも重なる。経営的にはまだ満足のいくものではないが、努力しながら順調なものにしたい」と語る柿森さん。「事業承継の成功事例」と胸を張るには、まだ道半ばだと考える。
移住者に期待「事業承継は地域を守る力に」
スーパーに向かう車中、柿森さんは廃業した飲食店を指さし、「あの店の味、残したかったな」と独りごちた。島の人口は1800人を切り、この60年で4分の1に。後継者不在はこれからも島の課題として残る。「島には若い移住者がいる。事業承継は地域を守る力になる」。柿森さんは、若い力が事業の新たな担い手になり、島の暮らしを守っていってくれることを願っている。
会社概要
株式会社 奈留島運輸
長崎県五島市奈留町泊198番地11
運送業、乗船券・乗船者券委託販売、産業廃棄物収集運搬業
新鮮館すずらん
長崎県五島市奈留町浦468番地28


長崎県事業承継・引継ぎ支援センター
濱里幸司・承継コーディネーター
今回の事業承継は、「信頼関係」が大きなポイントになりました。鈴木さんが、地元商工会、事業承継・引継ぎ支援センターを信頼し、承継を進める中で、柿森さんとも信頼関係を深めていきました。
譲受先探しは、離島という難しさもありました。鈴木さんの年齢や病気のことを考え、承継を急ぐ必要もありました。なかなか決まらない中、明るく、前向きな鈴木さんの性格に助けられた部分も多くありました。
承継の決め手は、譲渡側、譲受側双方が「地域と従業員のため」との思いで一致した点です。特に、柿森さんは奈留島のことを考えて決断されました。柿森さんに後継者がいたことも大きかったですね。
サプライチェーン承継は、本業との相乗効果も期待できます。今はまだ試行錯誤の段階ですが、小売りと運輸のノウハウをそれぞれでいかすことはできるでしょう。
(取材・編集:2024年11月19日)