一度は消えかけた100年企業の灯りは、親子承継で灯火をつなぎ、さらに輝きを増した。大正4(1915)年に創業した佐賀県唐津市の農機具店「小野豊太商店」。承継を機に店舗を改装し、世界的な農林機器メーカーの正規販売店として「第二創業」を果たした。対面販売を大切にする経営理念は引き継ぎながら、販路を県外にも広げている。
棚にずらりと並んだチェーンソーを背に、4代目社長の小野文彦さん(50)はカメラに語りかける。「こんにちは、小野農機です」
2017年に開設しYouTubeチャンネル「(有)小野農機」(https://www.youtube.com/@ononouki)。登録者数約1万5200人、総視聴回数は約440万回に達する。農林機械の修理や困りごとを丁寧に解説する動画が人気で、県外から訪れる客も少なくない。
後継者不在「私の代で終わろう」
創業109年の老舗も、かつては廃業目前だった。先代の現会長、史朗さん(77)は「私の代で終わろうと思っていた」と明かす。長男の文彦さんは高校卒業後、神奈川県の大手電機メーカーに就職。次男と長女も独立した。長年、農機具の販売、修理を手がけ、地域に欠かせない店との自負はあったが、後継者もおらず限界を感じていた。
転機は2016年。文彦さんが仕事に行き詰まりを感じ、実家に戻ってきた。幼い頃、「うるさい、汚い」と感じ、「継ぐつもりはなかった」家業だが、父の仕事を手伝ううちに「地元の役に立っている。細々でもやってみよう」という気持ちが芽生えた。
農機具については「全くの素人」。覚えた知識は動画で配信した。「間違った情報を配信しないよう勉強する。知識は増え、宣伝にもなった」。生来の凝り性もあり、6年で農業機械整備の一級技能検定に合格した。
「商工会を活用しない手はない」
承継を後押ししたのは、地元の唐津東商工会。2021年、史朗さんから「店舗を改装して、息子に継がせたい」との相談を受け、国の「事業承継・引継ぎ補助金」の活用を提案した。動画配信を活用した新たな販路展開を軸とする事業承継計画は、国の補助金を得られなかったものの、佐賀県の補助金(改装費等の3分の2)を受けることができた。
商工会は、計画策定と残りの資金調達の手続きを支援した。史朗さんは「商工会を活用しない手はない。支援を待つのではなく、出向いて相談すべきだ」と実感する。
2022年3月、改装した新店舗は、ドイツの農林機器メーカー「スチール」を扱う「スチールショップ」に生まれ変わった。史朗さんが約40年前、佐賀県で初めて取り扱ったメーカーで、文彦さんもその製品や、対面販売を重視する経営方針にひかれた。
接客は主に、商品知識が豊富な文彦さんが担当するが、店舗裏の修理工場では、史朗さんが指導役となる。「技術的なことは、経験のある父の方が上」と文彦さんが話せば、「77歳になって息子のフォローができることは幸せですね」と史朗さんは笑う。
「対面販売を大切に」継承後も変わらず
新店舗の天井には、大正時代から店を見守ってきた梁を残した。「機械を大事に扱ってくれるお客様と長く付き合っていきたい。対面販売を大切にしてきた小野豊太商店の考え方は変わらない」と文彦さん。将来的には、林業のプロが足を運ぶ店作りを目指す。
親子承継を経て、100年企業は新たな歴史を刻んでいる。
江北町商工会
一ノ瀬稔・経営支援課長
(支援時は唐津東商工会)
小野豊太商店の場合、先代が早めに承継を決断され、店づくりや経営方針についても「一切、息子に任せる」と託されたことがスムーズな承継につながりました。後継者の考えがしっかりしていたことも大きかったです。
先代の早めの決断は大切です。先代がいきなり亡くなり、後継者が何をしてよいか途方に暮れてしまうこともあります。先代が元気なうちに決断したことで、技術の継承などもうまくいっています。
商工会の経営指導員が、全ての会員企業に目配せすることは難しいのが現状です。「店舗を改装したい」「資金調達が必要だ」などの相談があれば、活用できる施策を提案できます。商工会を積極的に活用していただくことが、事業承継のプラスにつながると思います。
(取材・編集:2024年11月20日)