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2024.03.07

「60歳で事業承継を考える」親子のわだかまりが解消した親族内承継の好事例

鹿児島県薩摩川内市の株式会社ステップ(以下、ステップ)は、後継者への権限移譲や新たな取り組みを通じて事業承継を着実に進めています。

目次

企業の概要

ステップは、1985年に創業者である故永作貞雄氏らが設立したプラスチック加工業を営む企業です。創業メンバーの一人であった現社長の田頭六生氏(現在68歳)が2013年に代表権を承継しました。業績は順調でリーマンショックにおいても黒字を維持してきました。前期の売上は3億5,000万円、役員2名と従業員28名の計30名が在籍しています(2024年1月1日現在)。

企業HP:株式会社ステップ(鹿児島県薩摩川内市)

60歳で事業承継を考える

2015年に60歳となった六生氏は、この頃から息子の田頭翔氏(現在38歳)への事業承継を考えるようになりました。
後継者の翔氏は、2012年に入社し、営業部門や生産管理部門を経験し、現在は常務取締役です。ただし、父である現社長とはコミュニケーションが十分とれているとはいえず、従業員の処遇の問題では六生氏に対して不満を持っていました。

後継者の当事者意識の醸成

六生氏が最初に取り組んだのが資産(株式)の承継です。代表就任後の2019年に創業家から、創業家保有の株式40%を引き取らないかと要請がありました。その際、現社長は躊躇なく、後継者の翔氏に購入するようすすめました。翔氏は株式費用の5,000万円を銀行から借り入れて購入しました。社長の狙いは翔氏に事業を引き継ぐ覚悟を持たせることでした。
次に、翔氏を役員に昇格させました。株式を所有し経営者の一員となった翔氏は当事者意識をもって会社の問題に目を向けるようになりました。

人事制度の導入

翔氏は社員のモチベーションを維持・向上させるためには人事制度の導入が必要だと考えていました。ステップには現在に至るまで人事制度はありません。社長が全従業員の評価を行っていますが、評価方法や昇進・昇格の基準が不透明な状況です。従業員数が20名を超えた頃から社長一人が評価することに限界を感じるようになりました。
そこで翔氏は、自らリーダーとなって人事制度構築のプロジェクトを立ち上げ、その進め方を専門家(筆者)に委託する方針を社長に提案しました。六生氏は、翔氏が従業員の信頼を得ることや会社の将来ビジョンを考えることを望んでいたため、この提案を承諾しました。

わだかまりの解消

翔氏の問題意識のひとつは、会社が社員に給与で報いていないのではないかということでした。会社の利益に対して従業員の給与が相対的に低いと感じており、そのすべてを決めている社長に翔氏は不信感を抱いていました。
翔氏はこの問題について専門家を介して社長の真意を確認したところ、社長の考えは、会社に利益を残すことで2年間受注がなくても従業員に給料を支払える財務体質にする、つまり利益は最終的には従業員に還元するというものでした。翔氏は、社長の考えを理解し、ようやく社長に対するわだかまりが解けました。

人事制度構築の効果

翔氏は、人事制度構築のプロジェクトを進める中で従業員一人ひとりの考えを聞く機会が得られました。社員の不満を聞くことができたのと同時に、管理職候補者には評価者としての自覚を促すこともできました。
2024年4月の導入に向けて人事制度の検証作業を行っているところです。プロジェクトに対する社長の評価は、評価方法や給与体系がオープンになることで評価がより容易になるとともに、会社の業績と賞与を紐づけることで従業員の業績への関心を高めることが期待できることから満足のいくものでした。そして何よりも翔氏がプロジェクトをやり遂げつつあることに頼もしさを感じている様子でした。
現在、工場を増設中で2024年末には完成し2025年から稼働する予定です。新工場を軌道に乗せることができれば、代表権を翔氏に譲り事業承継は完了する予定です。

事業承継を課題として認識する

本事例のポイントをまとめると以下のとおりです。
・現社長は、60歳を過ぎた時点で事業承継を課題として認識した。
・機会を活かして経営資源の事業承継を進めた。
・外部の専門家を活用することで後継者とのコミュニケーションを正常化した。

この中で最も大事なことは、現社長が事業承継を課題として認識したことだといえます。これがあって初めて機会を活かすことができ、外部の専門家を活用する発想が浮かぶためです。
本コラムの読者である事業者の皆さまの参考になれば幸いです。

左から翔氏、六生氏、今別府アドバイザー
中小機構九州本部 中小企業アドバイザー
今別府 忍 氏(いまべっぷ しのぶ)
パートナー経営株式会社 代表取締役、中小企業診断士
1989年、NTTに入社。東京・大阪を中心に19年勤務の後、2008年、経営コンサル会社に転職。2011年に鹿児島に戻り翌年、経営コンサル会社を設立。中小企業を中心に経営改善計画策定、人事制度構築、事業承継などの支援を行っている。2022年、(一社)鹿児島県中小企業診断士協会の会長に就任。