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2024.02.13

支援機関の連携で地域の事業承継をサポート~大分県日田市の取り組み事例~

大分県日田市では、地域の金融機関・商工団体・行政が連携して事業承継を支援する取り組みを継続しています。2024年度に5年目を迎える本取り組みは、徐々に県内で注目を集め、他市町村からも「同様の取り組みを実施したい」という声があがりはじめました。
今回は、そのような取り組みを事例として紹介します。

目次

1.日田市で始まった「面的」な事業承継支援

事業承継計画書作成のワークショップの取り組みは、日田商工会議所担当者の熱意から生まれました。「地域の将来にとって事業承継を支援することは最優先課題だと思う」「診断シート(後継者の有無や承継に向けた意思を確認するアンケート)での声掛けや事業承継・引継ぎ支援センターを活用する以外に何か取り組める事はないだろうか」という相談があったため、他県で地域の支援機関が連携して「面的」に事業承継支援を行う事例を紹介したところ、商工会と信用金庫と市役所に声を掛けてもらい、2020年に「経営者と後継者がペアで参加する事業承継計画書作成のワークショップ」の第1回目がスタートしました。このワークショップでは、1日あたり2時間×3日間、計6時間で事業承継計画を策定します。

ワークショップ会場の様子(画像提供:日田商工会議所)

ワークショップの内容

2.事業承継計画書をつくるワークショップの特徴

ワークショップの特徴は以下のとおりです。

(1)経営全体を考える機会になる
事業承継は経営権や資産を承継する手続きだけではありません。経営者と後継者が一緒に事業というバトンを握り、会社の未来と、そこに向かうために解決すべき課題をじっくり考える機会として活用されています。

(2)対話を重視する
ワークショップでは、経営者と後継者の対話を最重要視しています。項目ごとにじっくり話し合う時間を確保することで、普段忙しくて(照れくさくて?)なかなか事業承継の会話をする時間を確保できない経営者と後継者に、事業承継に関する会話を深める貴重な機会を提供しています。

(3)手厚いフォロー
経営者と後継者の各ペアには、支援者(金融機関や商工団体の担当者)がチーム専属でサポートします。経営者と後継者の対話を促進する有効な問いかけはもちろんのこと、今後の経営に有益な情報提供や、ワークショップ終了後のサポートまで手厚いフォローを受けることができます。

(4)支援機関の連携強化から「面的」な支援へ
ワークショップとその運営を通じて、地域の支援機関同士で交流が生まれるのも、この取り組みの特徴です。交流を通じて連携が強化され、地域の支援が充実することで、地域を巻き込んだ「面的」な支援体制の構築が理想と考えています。
さらに、事業者の募集やサポートは支援機関が担いますが、市役所には、行政の信頼感を元に、市報等各種媒体での広報や、テキストの印刷などの事務的な側面で非常に重要な役割を担当してもらいます。自治体が積極的に参画することにより、地域の「面的」な支援の輪が広がり、より一層充実した支援となることが期待できます。

日田バトンタッチワークショップの運営体制

3.新たな気づきを得た参加者のリアルな声(アンケートより)

実際にご参加された事業者のアンケートにご記入頂いたコメントをもとにご紹介いたします。

(1)第三者との会話による気づき
「自分自身の承継について、考える時間ができ、第三者の方と話をする事で新しい考えもでてきたので本当にタメになりました。ありがとうございました」
このように、第三者(支援者)と話すことで新しい考えが浮かんだという声は毎年あります。事業承継に限らず、経営の課題を誰にも相談できずに悩んでいる経営者は多くいます。そのような方にとって、オープンな場所で「自分だけではなくみんな悩んでいる」と感じられる空間は、とても貴重な場になっているようです。

(2)事業承継の重要性の認識
「事業承継を真剣に考えるきっかけになりました。ありがとうございます」
この声も毎年あります。事業承継は、重要度は高いものの緊急度は高くない課題であると考えている経営者も多いです(本当は緊急度が高い場合もありますが)。日々緊急の課題解決に取り組まれている経営者にとって、改めて事業承継だけを考える場に身を置くことが、このようなコメントに繋がっています。

(3)経営者と後継者のコミュニケーションの機会
「子とコミュニケーションできた」
シンプルですが、とても印象深かったコメントです。この方は、とても知識が豊富で雄弁な経営者でした。一方、同行されている後継者は、とても無口で、参加当初はほとんど自分の考えを発しませんでした。このようなケースは、親族内承継で頻繁に見受けられます。経験豊富で発言力の強い創業経営者に対し、何か言っても言い返されて自分の意見が通らないために口に出さないようになってしまう後継者も少なくありません。
しかし、事業を承継した後は、後継者がリーダーとなって舵取りをしていかなければなりません。経営者になるまで自分の意見を言えずに、成功も失敗も経験できなかった後継者が、事業を承継した後に大変な苦労をすることは想像に難くありません。
そこで、このチームでは、「経営者は自ら発言せず、原則後継者の話を聞く場としましょう」という提案をしました。
1日目はなかなか受け入れてもらえず、都度発言を止められた経営者は、とても気を悪くされていましたが、3日目の終了後アンケートで頂いたのが先ほどのコメントです。意を汲んでいただいたとてもうれしい出来事でした。
ちなみに、無口な後継者は、1日目のアンケートではノーコメントでしたが、3日目のアンケートには「参加してよかった」とご記入いただきました。

4.事業承継への理解が深まった支援者の声(アンケートより)

支援者にもアンケートにご記入いただきましたので、コメントをもとにご紹介いたします。

(1)支援の実践研修としての活用
「事業承継について深く知ることができました。経営者・後継者の方と会社について話すことができ良い機会となりました」
回答者は、入行2年目の金融機関の方です。終了後に話をさせてもらったところ、「事業承継の支援はまだ経験がなかったけれど、先輩と一緒に担当させていただいたことで、事業承継の全体像や具体的な声掛けについてとても勉強になった」とおっしゃっていただきました。


(2)支援者と後継者のコミュニケーションの機会
「日頃深く話す機会がなかった後継者の方とコミュニケーションを図ることができた。社長からは聞けないような社内事情や課題などを共有でき、今後の金融支援に役立つものとなった」
こちらは、ベテランの金融機関の方です。実はこの方のチームでは、経営者が都合により参加できず、3日間、後継者と支援者の方で対話してもらいました。支援者からは、「社長とは綿密にコミュニケーションがとれているので、当社のことは十分理解できていると思っていた。しかし、後継者とじっくり話すことで、今まで知らなかったことが多かったことに気づいた。」とおっしゃっていただきました。

5.5年目を迎える事業承継支援の展望とは

大分県日田市では、以上の取り組みを年1回、4年間継続しており、2024年度で5年目を迎えます。「5回目ですが、継続しますか?」と聞いたところ、みなさん口々に、「事業承継支援が重要度を増す中で、止めるという選択肢はない」とお話され、継続の意志を示しています。
事業承継はセンシティブなテーマですので、集合研修の参加者を募るのに苦戦すると思います。5回目を迎えることで、ますますその課題は大きくなるでしょう。
それでも「開催したい」という支援者の方々の熱意によって、日田市の事業承継支援は成り立っています。
大分県では、他市町村でも開催を検討されている地域が複数あり、日田市のような熱意ある地域が徐々に広がりつつあります。

中小機構九州本部 中小企業アドバイザー
三室 忠之 氏(みむろ ただゆき)
みむろ診断士事務所 代表、中小企業診断士、第1種情報処理技術者
大手鉄鋼メーカー関連のシステムエンジニア、公的支援機関での中小企業支援を経験し独立。創業支援・小規模事業者の経営改善、事業承継支援など、公的支援を中心に年間100社を超える中小企業の支援に従事している。