INTERVIEW

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後継者募集から移住体験、アフターフォローまで。全力で地域の事業承継をサポート。

秋田県北秋田市は、秋田県北部中央の山間部に位置し、秋田県全体の面積の約10パーセントを占める広大な市である。森吉山をはじめとする豊かな自然に抱かれ、米代川や阿仁川の流域では古くから農業が栄え、人々の生活を支えるさまざまな産業が発展してきた歴史もある。しかし近年は人口減少の一途をたどり、長年続いてきた事業が後継者不足を理由に廃業するケースも見られるようになった。

そこで2022年10月から、自治体等の継業支援をサポートする事業承継支援サービスである継業バンクの運用を開始し、継業支援事業を本格始動。2023年8月には事業承継を支援する地域内の7団体と連携協定を締結し、支援体制を整えた。これまで、5件の事業に対する後継者を募集してマッチングを行い、2023年9月には1人目の後継者が地域おこし協力隊として着任。スピード感を持って政策を進める北秋田市産業部商工観光課商工労働係の千葉祐幸さんに、事業承継支援本格始動の経緯やサービス導入後の状況について話を伺った。

目次
北秋田市産業部商工観光課商工労働係 千葉祐幸さん

廃業が相次ぐ地元に危機感を抱いて

−千葉さんが地域に事業承継の支援が必要だと感じたきっかけは、何かあったのでしょうか。

千葉氏:数年前、地域で長年営業してきたお店が廃業したんです。市内唯一のスポーツ店、秋田県内にファンが多かった中華そば屋、老舗の割烹料理屋がほぼ同時期に店を畳み、この先、この町はどうなるんだろう…と不安になりました。

その頃、北秋田市商工会が事業者を対象に実施した経営者支援ニーズ調査でも、「後継者について不安を抱えている」という回答が多く見られました。当時、私は東京に出向していたのですが、北秋田市商工会と情報共有しつつ、地元に戻ったら事業承継支援に向けて動こうと考えていました。

2022年に出向を終えて北秋田に戻り、翌年から「継業バンク」の運用を始めようと準備していた矢先に、秋田県指定無形文化財である「秋田八丈(あきたはちじょう)」の職人さんから「廃業しようと思う」と相談を受けたんです。秋田八丈の職人は全国に1人しかいなくて、その方が廃業すると秋田八丈という織物はこの世から無くなってしまいます。もう、待ったなしの状況だったため、予定を前倒しして2022年10月から運用を開始し、後継者の募集を行いました。

染めから手作業で行う絹織物「秋田八丈」の唯一の職人、奈良田登志子(ならたとしこ)さん。先代が廃業する時に消滅の危機に瀕した伝統を、長年守り抜いてきた

最大5万円の移住体験助成金を活用してマッチング

−募集から後継者の着任まで、どのような流れで支援していますか。

千葉氏:オンラインで面談してから、具体的に日時を相談して体験に来ていただいています。その際は、市の移住体験助成金(体験期間中の交通費や滞在費を1世帯あたり最大5万円助成。移住体験住宅を1日500円で利用可能)を活用することができます。移住してから「想像と違う」「こんなはずじゃなかった」とならないよう、体験や見学の機会を設けることは大事だと考えています。

2022年10月の運用開始から1年間で、募集案件は5件。秋田八丈をはじめ、セリ農家、秋田杉桶樽の工房、郵便局、リンゴ農家など、いずれも歴史や伝統があり、地域になくてはならない大切な事業です。秋田八丈は2023年9月に後継者候補が地域おこし協力隊として着任し、承継に向けて修業をスタートしました。他の案件にも続々と応募があり、何度も体験を重ねてマッチング完了間近となっている案件もあります。農業の場合は、要件を満たせば後継者が決まってから着任するまでの間、県が農地を管理するサポート制度もあり、県とも連携しています。

最初は千葉さんから事業者に声をかけていたが、最近では「後継者を探している」と相談を受けることも増えてきたという

千葉氏:継業バンクに掲載して、早いケースでは翌日に応募が来た案件もありました。反応の良さにびっくりして、最初はこちらの対応が間に合わなかったくらいです。応募者の年齢、性別、家族構成はとても幅広く、職業もさまざまです。継業バンクに掲載すると日本全国に発信されるため、田舎暮らしを望んでいる人に情報が届きやすいという側面もあるのでしょう。

経営相談や農業指導など、譲渡後のフォローも万全

北秋田市、北秋田市商工会、秋田たかのす農業協同組合、秋田県信用組合、株式会社日本政策金融公庫大館支店、秋田県事業承継・引継ぎ支援センター、ココホレジャパン株式会社による協定締結式(画像提供:北秋田市)
−2023年8月に、7者で事業承継支援に関する連携協定を結んだと聞きました。全国的に見ても先進的な取り組みだそうですね。

千葉氏:事業承継には多方面からのサポートが必要になります。市役所はマッチングや調整を行い、事業譲渡時の法律面や金銭面は事業承継・引継ぎ支援センターや日本政策金融公庫に、譲渡後の経営相談は商工会へ、農業指導は農協へというように、専門機関にスムーズに繋げるための連携です。譲渡に至る前の段階から必要機関と一緒に面談を重ねて、万全のフォローアップ体制を整えています。

「秋田県事業承継・引継ぎ支援センターの担当者が同郷だったこともあって、スピーディーに連携の話が進みました」と話す

−今後はどのような取り組みを考えていらっしゃいますか?

千葉氏:市の枠を超えて、一人の人が2つの自治体の案件を承継できるようになると、さらに可能性が広がると思うんです。例えば、北秋田市と能代市で収穫時期が異なる2つの野菜農家を継ぐことで、耕作放棄地をなくすと同時に、継いだ人は収入を増やすことができます。今の時代、こういった多拠点居住もアリなのではないでしょうか。

地域の伝統を絶やさないために

後継者が着任した秋田八丈で、譲り手・奈良田登志子さんと譲られる側・藤原健太郎さん、お二人の思いを伺った。

奈良田氏:こんな古い仕事だから、応募が来ると思わなかったんですよ。最初は言葉が通じなくてね(笑)私は教えることしかできないけれど、のんびりやってもらえたらいいな、と思っています。

先代が社長だった会社で、職人として勤めたのが秋田八丈との出会いだった。染めから織りまでの全てを先代から教わったという。

藤原氏:草木染めの色に一目惚れして、何度か体験して移住を決めました。周りの人から「よく来たね、続けてね」と言われるとプレッシャーを感じることもありますが、想像していた秋田八丈のイメージどおりで、作業も楽しく、最高の環境です。マイペースに学ばせてもらっています。

後継者の藤原健太郎さんは岩手県の出身。数回の現地体験を経て、2023年9月に地域おこし協力隊として秋田八丈の後継者に着任

継ぐモノへのメッセージ

−最後に、事業承継に関心がある方へ千葉さんからメッセージをお願いします。

千葉氏:すでに廃業してしまった事業に対して、行政が手を差し伸べるのはとても難しいことです。切羽詰まった状況になる前に、行政が後継者探しを支援しバトンを渡せるような仕組みづくりが必要だと思います。行政からの早めのアプローチと、事業者からの早めの相談があれば、継業支援によりスムーズな事業譲渡ができるのではないでしょうか。“早めに動くこと”が何より大事だと思います。

(取材・編集:2023年11月9日)

秋田県北秋田市 産業部商工観光課商工労働係
千葉祐幸氏
1998年に秋田県北秋田市役所(旧鷹巣町役場)に入庁。2019年に秋田県庁に出向し、2020年から2021年の2年間を秋田県庁の東京事務所で企業誘致に取り組む。2022年4月に秋田県北秋田市に帰任し、産業部商工観光課商工労働係に配属。2022年10月より事業承継支援に本格的に取り組んでおり、地域の価値を守るために尽力している。