連携と人材育成が事業承継の未来をひらく 多様な先進事例とセッションで意見交換
地域経済において重要な役割を果たしている中小企業・小規模事業者の後継者不在と自然廃業、そこから派生する過疎化の進行が社会問題化するなか、自治体同士・支援機関同士が交流するイベント「地⽅創⽣×事業承継 Meetup〜自治体関与型 事業承継支援の必要性と可能性〜」(経済産業省九州経済産業局、独立行政法人中小企業基盤整備機構九州本部主催、九州7県の事業承継・引継ぎ支援センター共催)が2023年12月12日、熊本市のくまもと森都心プラザホールで開かれました。
基調講演では、合同会社イキナセカイ代表で神戸大学客員教授の安川幸男氏が「地方創生としての事業承継支援」と題して話しました。産・官・学・金すべてを経験した立場から「伝統産業や小規模商店といった小規模事業は地域の宝。そういった地域の産業を存続させるためには、自治体が関与する縦割りの各セクションを横に繋ぐ連携が不可欠であり、人と人を繋ぐ仕掛けづくりに長けた外部のキープレイヤーを取り入れることも必要」と指摘。後継者不在がもたらす雇用への影響の懸念、その解消につながる事業転換や家業のイノベーションなどの重要性を解説しました。
「これからは後継者の人材育成が鍵。地域おこし協力隊や移住者を第三者承継のターゲットとして育成していくことや、新規事業の立ち上げや家業の強みを、業界を超えていかしていく事業転換、それらを応援するような後継者のコミュニティづくりと自治体の伴走が地域の活力を生み出していくと思います」と述べました。
続いて、自治体内、地域団体との連携や移住、定住支援との連携を行っている先進事例について、宮崎県美郷町、新潟県、熊本県菊池市の各担当者がそれぞれ登壇。安川氏がコメンテーターとして登壇し、ミニセッションも行われました。
関連動画:【基調講演】地方創生×事業承継 Meetup 基調講演:地方創生としての事業承継支援
地域おこし協力隊とつくった循環するメディア−宮崎県美郷町
宮崎県美郷町の事業承継バンク「みさとバトン」の取り組みついて、美郷町企画情報課主幹の川西ゆきみ氏、 美郷町地域おこし協力隊の髙城陽子氏が発表しました。
まず、川西氏が「宮崎県北部の中山間地域に位置する美郷町は、人口は約4,360人、高齢化率は52.2%と宮崎県内で最も高い高齢化率となっている」と町の課題を提示。事業承継への取り組みについて考え始め、まず自分達でやってみようと地域おこし協力隊・起業支援担当者である髙城氏を起用し、アンケート調査の実施、取材、ホームページ作成を行っていった経緯を紹介しました。さらに、長引くコロナ禍の中で移住相談者が増加していることも挙げ、施策を統括する企画情報課、農林業を担当する農林振興課、移住研修を担当する政策推進室などの町役場の各課と宮崎県事業承継・引継ぎ支援センター、美郷町商工会が手を取り合って問題解決へ向けて取り組みを進めていったことを説明しました。
髙城氏は「町の公式サイト内に作成した「みさとバトン」ページを中心とした取り組みと関係各所との連携、この2点が大きな特色です」と説明。みさとバトンの登録案件は、ブログ(みさと移住.com)や空き家バンクページ等にみさとバトンのバナーを貼り、相互にリンクさせ、美郷町商工業サポート補助金という町独自の補助金も準備するなどして推進しました。「結果、3件の事業承継が成立しましたが、手続きに時間がかかるなどという相談者の声も出ました。地域の人たちの感情に寄り添いながら進んでいく必要があると難しさを痛感しました」と述べながらも、地域内での経済循環を生み出すという事業承継支援に取り組む意義を話しました。
それを受け、安川氏は「アンケートで高い解答率を得られたのは、商工会との連携、起業支援というミッション型移住で協力隊として任務に取り組んだ髙城氏の存在も大きかったと感じました。途中で手続きに時間がかかってうまく進まなかった事例という点では、先代が若いうちから計画的に後継者を探すことが重要になってくるのではないでしょうか。移住者と事業承継をつなぐメディアづくりと運用の継続、商工会が取り組む創業塾なども活用し、事業を支援する仲間を増やしていくことも大切ですね」と語りました。
関連動画:【事例紹介1】地方創生×事業承継 Meetup 事例1:宮崎県美郷町 「みさとバトン」
地方を活気づける起爆剤に〜オープンネーム事業承継-新潟県
新潟県が取り組む「オープンネーム事業承継推進事業」について、新潟県産業労働部地域産業振興課主任の志田恭子氏、株式会社ライトライト代表取締役の齋藤隆太氏が発表しました。
県内企業において中小企業の割合が大多数を占める新潟県は、特に小規模事業者の割合が高く、社長の平均年齢は61.4歳と全国平均よりも高い状況。志田氏は「後継者問題により、余力のある企業が、休廃業、解散する件数が増加することなどが懸念されている」と現状を語りました。
続けて、「経済活性化のためには地域と雇用を支える中小企業の円滑な事業承継を推進していくことが重要である」と、新潟県事業承継ネットワーク及び県の既存の取り組みを紹介後、支援体制の更なる強化に向けた取り組みの一つとして、2022年度から取り組むオープンネーム事業承継推進事業について説明しました。
オープンネーム事業承継推進事業は、事業承継マッチングプラットホーム「relay」を運営する株式会社ライトライトと連携した取り組みです。事業や会社を譲り渡したい中小事業者の情報をオープンにして承継希望者を募集する事業承継マッチングサイト「ローカル承継マップ新潟」を「relay」内に立ち上げることで、後継者不足への対応や定住促進に意欲的な市町村によるオープンネームの事業譲渡希望事業者の掘り起こし等を支援しています。2023年度は、市町村を対象に補助事業を行っており、現在、5つの市と村が実施中です。
志田氏は今後の展望として「事業承継が前向きなものであるという意識づけを行い、オープンネームによる後継者探しという新たな手法を活用し市町村と連携してマッチング機会の創出を図っていくとともに、承継後の後継者に対する支援を充実させられるような施策を検討していく」と話しました。
これに対し、株式会社ライトライトの齋藤氏は、「小規模事業者の事業承継は、事業のリノベーション」とオープンネームによる事業承継の意義について語りました。
事業承継マッチングプラットホーム「relay」は、2020年7月のリリース後、これまでに370件ほどの情報を掲載し、成約数は約60件。昔ながらの本屋がブックカフェとして再生して町のにぎわいを保った宮崎県高原町の事例などを挙げ、事業者の思いを継ぎながら、町に残る機能と新しい機能を付加した事業承継によるリノベーションについて解説しました。
その上で、「地域の後継者不足の問題は、地域の中のサービスの維持という点でも重要です。店をたたむ前にその情報を知っていれば、効率化や利益率の改善など再建の余地がある会社も少なくありません。小規模事業者の事業承継は地方創生の起爆剤になる可能性があります。地域衰退を招く大きな社会問題を少しでも解消したい思いで、オープンな事業承継文化をつくっていきたいです」と呼びかけました。
セッションで、安川氏は、地域に光を当て、地域を再生していく民間サービスの役割について齋藤氏と意見交換。「民間のサービスで大事なのは、地域に密着した小規模事業者の思いやエンドユーザーの声を掘り起こし、そのまち全体の幸せにつながるような視点をもつことだと思います。事業承継はクローズドで行うという業界のルールを見直すことで、マッチングの可能性を広げることも重要で、そうした取り組みを自治体の皆さんと一緒に進めていきながら、最終的に事業承継のスキルを自治体へ引き継ぎ、わが町のことはわが町でできるようになっていく仕組みをつくっていきたいです」と話す齋藤氏の言葉に深く共感を示しました。
関連動画:【事例紹介2】地方創生×事業承継 Meetup 事例2:新潟県「オープンネーム事業承継推進事業」
市・商・金7者連携でモレのない支援-熊本県菊池市
菊池市や菊池市商工会のほか、金融機関など7者による「事業承継連携支援」について、菊池市商工振興課係長の磯田貴博氏、商工振興課主事の西川希美氏、菊池市商工会経営指導員の鶴田誠一氏が発表しました。
菊池市は、熊本県の北東部に位置し人口は46,800人ほどで、2023年4月に、菊池市、菊池市商工会、熊本県商工会連合会、金融機関の7者による中小企業・小規模事業者に向けた事業承継連携支援に関する協定を締結しました。
「菊池市内の事業所にアンケート調査を実施したところ、約3分の1の事業者において経営者が65歳以上でした。商工会に所属していない4割以上の事業者へのアプローチ法を考えた末、出た答えが市・商・金の連携で「ダブりはあってもモレはない支援体制」をつくることでした」と、磯田氏は説明しました。
連携支援のスタートとして開催したキックオフセミナーでは、オンライン参加者も含めて、80名が参加。「セミナーに参加することで経営状況が良くない、または廃業の危機にあるんじゃないかと勘違いされてしまうのではないかと不安に思われている事業者の声もあるという情報を得たため、事業承継のセミナーであることは前面に押し出さず、経営力向上セミナーと題して周知させていただきました」と西川氏は、地域の気質を配慮した工夫を紹介。
続いて、鶴田氏は、起業希望者と後継者不在の事業者のマッチングを支援する窓口として、きくち起業塾、創業個別相談会、きくち未来創造塾の実施など間口を広げていることについて紹介。また、事業承継支援による事業存続などを提案する巡回やLINEを使った相談など環境を整えていることを説明。「周知の幅も広がり、支援の選択肢を充実させることができるようになりました」と語りました。
安川氏は「市と商工会の距離が近いこと」や「ダブリあってもモレはない支援体制づくり」について評価しながら、「事業承継は、言葉だけで消極的にイメージされることが多いが、本来的には経営力をどうつけるか模索するための1つの方法論ですから、経営力向上セミナーで間違ってないんですよね。あと、起業塾に事業承継を考えているメンバーを入れていくことも大事です。さらに、家業以外にもう1社会社をつくることも最近増えているので、別法人化やホールディングス化も選択肢として提示していくこともありうると思います」と、さまざまな可能性があることを示唆しました。
関連動画:【事例紹介3】地方創生×事業承継 Meetup 事例3:熊本県菊池市「事業承継連携支援」
離島での事業承継の課題と連携−長崎県事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継・引継ぎ支援センターの事業内容に加え、離島での事業承継の課題を多く抱える長崎県における自治体と連携した取り組みなどを、長崎県事業承継・引継ぎ支援センター統括責任者の永野厚氏が発表しました。
長崎県は1,479の島を有し、全国第1位、全離島数の1割強を占めています。永野氏は、離島における事業承継について、「全体の相談件数の1割以上は離島の地域からあり、我々が役割を果たす非常に大事な地域です」と説明しました。
続いて、高齢化と若者の流出など過疎化の問題、対馬、壱岐、五島など、それぞれの地域の特徴について触れながら、数々の事例を紹介しました。
対馬にあるガソリンスタンドの経営者からの相談事例では、島に数少ないガソリンスタンドがなくなると、エネルギーの供給基地として、島の第一次産業である漁業に影響が及んでいくという問題を解説。最終的に、取引先企業の会社の子会社が事業を譲り受けることで廃業を免れました。
「ほかにも、島に2軒しかないスーパーのうちの1軒から相談を受けたりしている。一番感じるのは、やはり経営者、社長という立場は孤独なんです。誰かに相談するということがなかなかできない状況にあることが少なくありません。支援というのは我々センターだけでは当然できません。ですから、相談者や周りにいる関係各所と対面して、掘り起こしや連携をしていくことが必須だと思っています。点でやるより線、線でやるより面でやった方がうまくいきます」と思いを述べました。
関連動画:【センター紹介】地方創生×事業承継 Meetup 事業承継・引継ぎ支援センター紹介
まとめ
先進的な事例紹介やセッションでの意見交換を通じて、各自治体ではより訴求力のある事業承継の支援体制づくりに努めていることが見えてきました。そのための方法として、「後継者候補になりうる人材育成に重きを置くこと」、「事業者の思いに応え、エンドユーザーのためになる地域活性化へとつながるオープンネームなど新たな手法の活用の選択」、「民間と自治体、関係各所との連携プレーで、事業者の感情をケアしながら取り組みを継続していくこと」などが、地域の未来をひらく鍵となっていく可能性を感じられたセミナーでした。
多様な事例紹介やセッションでの意見交換で理解が深まったセミナー。終了後も盛り上がりはそのまま、登壇者と来場者による名刺交換・交流会が開かれました。
(取材・編集:2023年12月12日)